第28話 異種交合の禁
「ここの歓楽街の裏路地に、表向きは人間がやってる武器屋があるんだが、そこは実は魔族の手が回ってて。その実質の経営者ってやつがリノの
「アイツというのは?」
「リノの、えっと、その、なんていうか……兄っていうか、まぁ、兄だ」
すごく口にしたくなさそうな空気が伝わってくる。嫌いなのだろうか? 義弟さんとは情報交換をするくらいなのだから、それほど険悪というわけでもなさそうなのだけれど……。
「んで! 聞きに行ったんだよ。そしたらアイツは今、人間界で魔獣の調査をしてるって言ってて。あの世間知らずが一人で人間界で調査なんてできるのか不安で仕方がないとかなんとか言いながら、多分この近辺にいるだろうからよろしく頼んだ的な感じになっちまったっつうか……」
「うゎ、相っ変わらずお人好しだね……嫌なら断れば良いのに!」
「別に嫌じゃない、から……」
とても嫌そうだった。ただ、そこにもやっぱり彼なりの断れない理由があるのだろう。多分。
「あの……」
どこか話に入り難そうに、おずおずとそう声を挟んだのはコトカさんだった。いつも毅然とした態度で常に緊張の糸を切らない彼女が、彼らの前では小さくなってしまうというのは、多分喜ばしいことだと思う。
「
「あ、それ、僕も気になってました」
なんだかさっきからコトカさんの疑問に便乗してばかりいるような気がするけれど、この際それは気にしないことにしたい。
「魔獣はぁ……魔界の、獣?」
ロウカさんがあまりよく分かっていないようにそう答える。しかしその言葉に、レイさんは否定の意を示す。
「まぁ、間違ってはいないけど。魔獣は、魔族と動物の
「え……」
その答えは、僕にとってあまりにも衝撃的なものだった。ヒトと動物の間に、子供?
「魔族は遺伝子が不安定だから、そういうことができる奴も中にはいる」
そんなことが可能なのか――というショックな気持ちと共に、僕の中にある疑念が生まれてくる。
「あの、それは、異種交合の禁には、抵触しないんですか?」
そう、禁忌だ。そのようなことが許されているのだろうか? 他の種族と交わってはならないと、禁忌にはそのように記されている。
「あれは――……ヒト同士の異種交配を禁止するものだ。少なくとも俺は、獣とヤッて禁忌が発動したなんて例は一度も聞いたことがない」
「そう、なんですね……」
世界にはまだまだ僕の知らないことがたくさんある――というか、僕が知らないことしかないのだな、と思う。
ついこの間、院長から神獣の存在を聞かされて、今度は魔獣だ。もしかして、他にもそういう存在がいるのだろうか?
そこでふと、先日の猪のことを思い出す。あれは、普通の動物ではなかった。もしかして、あれが――?
「レイさん、あの! 僕、もしかしたらその魔獣を見た、かもしれません」
「本当か?」
「はい。三ベイトくらいある大きい猪で、僕たちが住んでいる山に突然現れたんです」
「この間、襲われたって、言ってたやつ?」
コトカさんの言葉に首を縦に振れば、それを見たレイさんは再び考え込むように口を閉ざす。暫くの沈黙の後、顔を上げ――結局下を向くのだが――ロウカさんに視線を送った。
「なぁ、ロウカ。お前さ、そこの――コトカと一緒に砦に向かってくれないか? お前が居れば砦の一つや二つ、なんとかなるだろ?」
「別に良いけど。レイ兄は?」
「俺は、フェイトと一緒にその修道院とやらに行ってくる。魔獣もそうだが鷲の巣のことも気になるし、その方がボスディオスの奴らの狙いも分かる」
「んー……分かった、良いよ!」
お前たちはそれで良いか? と、彼は僕とコトカさんの意思を確認する。
本音を言えば、僕は院長を助けに行きたい。恐らくコトカさんも、ミスラが待っている修道院へ一刻も早く戻りたい筈だ。本当は逆の方が良いのかもしれない。
だけど、魔獣を見たのは僕で、戦力になるのはコトカさんだ。ここは適材適所ということで、彼の判断に従った方が良いような気がした。
それに、院長を助けたいという気持ちの奥の奥の更に奥底で、僕は一刻も早く修道院に戻らなければいけないと、そう感じている自分が居ることを知っている。その理由は分からない。分からないけれど――
「僕はそれで構いません」
それでも、僕は感情よりも、親愛よりも、本能を優先することを選んだ。
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