二.鷲の巣の雛たち
第6.5話 白と黒
「まったく、まったく。なんだって人間界のこんなところに魔獣なんかがいるんでしょうね」
「確かに」
白い少女と黒い少女はどす黒い山を見上げる。既にぐずぐずと崩壊を始めたその山は異臭を放ち、次第に内部の骨格が顕になる。麓の湖は既に凝固し、錆び色に変色していた。
周囲に充満する腐敗臭や生臭い鉄の臭いにつられ、どこに隠れていたのか、この時期には珍しい蝿たちが周囲を目まぐるしく飛び回る。
「それにしても、いくらなんでも腐るのが早すぎませんかね? ここ、そんなに気温高くないですけど。この時期にしては寒いくらいですけど。大体、この時期の山にこんな大量の蝿なんて……」
白い少女は腰に手を宛て、ふわりとした優美な曲線を描くスカートの下から延びている、白いふさふさとした尻尾を上下にぶんぶんと振っていた。質量を感じさせる白い髪からは、美しい三角形を描く、同じく白い肉厚な耳がピンと立ち、周囲の音を詮索するように器用に動く。そして、ツンと尖った黒い大きな鼻をひくひくと動かしながら、訝しげに顔を顰め、直後に大きな牙を剥き出しにした。
「この臭い……もしかして……」
「ねぇ、エレノア……見て。この蝿達、この猪から生まれてる……」
黒い少女は鎌のように湾曲した黒い爪で、特に蝿が密集する場所を指差した。
「てっきり傷口に集ってるだけかと思ってましたけど……寧ろこの魔獣自体が蝿の……蝿? もしかして――」
その言葉に黒い少女は肯定の意を示すかのように頷いた。
「多分、グーリアの……」
黒い少女はしゃがみこみ、その傷口を観察する。その際、真っ直ぐ伸びた射干玉の髪がしなやかに揺れる。邪魔だと思ったのか、少女はその髪を耳に掛け、黒曜石の如き艶やかな瞳で改めて白い少女――エレノアを見た。
「ってことは私、蝿を食べちゃったんですか? やだぁー! ぺっ、ぺっ!」
エレノアの鼈甲のように滑らかな双眸が絶望の色を宿す。顎の付け根まであろうかという大きな口を開き、口内に残留するものを吐き出す素振りを見せた。
「虫もたまに食べると美味しいけど」
「そりゃラヴェンナさんはそれで良いでしょうけどぉ……」
小首を傾げる黒い少女――ラヴェンナに、エレノアはじっとりとした目線を送った。
「でも、まぁ、毒じゃないし」
言いながらラヴェンナは蝿を一羽、鋭い爪で器用に捉え、つぷりと潰す。やや黄味がかった半透明の液体が飛散したのを見て、エレノアは正に苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ところで、あの少年はなぜ狙われていたんでしょうね?」
「さぁ? それは私にも分からないわ」
「あの子、人間でした?」
「多分。でも、それはエレノアの方が分かるでしょう?」
直接頬を舐めたんだし、とラヴェンナはからかうように自らの頬を指差した。そして目を細め、くすりと笑う。
「美味しかった?」
「う~ん……若い血肉は確かに美味しいんですけど、なんか、なんかぁ……う~ん……ちょっと違うんですよねぇ。なんだろう? 可愛くて好みではあったんですけどねぇ……」
首を捻り、至極真面目に答えようとするエレノアに、ラヴェンナは「冗談なのに」と小さく呟いた。
「まぁ、いいわ。それはそうと、私たちがここに来た理由、忘れてないわね?」
このままでは話が進まないような気がしたのか、ラヴェンナはいつまでも表現にこだわるエレノアに本題に入るように促した。
「それはもちろん! 多分この辺に来ると思うんですよねぇ~、多分」
「その根拠は一体どこから……?」
「気高き狼族として、主従の契約を交わした主人の動向を見誤ったりはしませんとも!」
えっへん、という声が今にも聞こえてきそうだ。エレノアは真っ白な体毛に覆われた両手を腰に宛て、脚を肩幅に開く。やや上向きの顎は彼女の自信の表れそのものだ。
「それは……心配だわ……」
そんなエレノアを見ながら、ラヴェンナは小さく溜め息を一つ落とした。
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