第48話 あんなに小さかったんだよ?

 みぃちゃんがあくびをして、猫の伸びのポーズをしました。

 私は固い体をぷるぷると震わせています。


 初めてのヨガは、腕は上がないし、腰は曲がらないしで散々でした。

 ヨガ教室はおじいさんやおばあさんが多くて、ならまあ中学生の私でも出来るだろうと甘く見ていたら痛い目を見ました。世の中はまだまだ私の知らないことでいっぱいだ。


 一緒に行ったおじいちゃんは、なんとかのポーズを決めて得意気です。


「もう障子破かんときよ」

 おばあちゃんは、ポーズを決めるおじいちゃんと、あと足がふらふらしている私にも言いました。


 和室には、おじいちゃんと私とみぃちゃんがまっすぐに並んでいます。


 みぃちゃんは最初は不思議そうに見ていたけど、いまは退屈そうにあくびをして転がっています。


「私も転がってるほうがいいなあ」

 おじいちゃんは掌を合わせて片足で立っています。

 私も真似をしたけどふらふらとして、そのままみぃちゃんの隣に寝ころがりました。


「みぃちゃんも手を合わせてごらん」

「にー」

 みぃちゃんは手をこねこねしました。

「上手だねえ」

「にー」


 畳の上に寝ころがっていると、草の上に寝ているみたいで、だからみぃちゃんも好きなんだろうな。


 私もごろごろ。みぃちゃんもごろごろ。


 目を閉じると、お日さまが照らして風が吹いてくるみたいに感じます。

 隣のみぃちゃんの寝息がスースーと聞こえてきました。


 私はみぃちゃんの手を握ると、あったかくてやわらかくて、安心します。

 私もみぃちゃんも一緒に大きくなったので、初めて会ったときからあまり変わっていないように感じます。みぃちゃんは太ったけど。


 また歩いたらスマートになるかなあ。


 もし今、あの時の道を一緒に歩いて行ったらどうなるだろう。


 リュックサックを背負って歩き出そう。

 田舎道を出て、畑を越えて、線路を渡って、グラウンドを通る。

 トンネルを抜けて、坂道を下って、海を眺めながらひたすら歩いて街に入る。


 途中でバスに乗ったり、道の駅に寄ったり、動物園にも行けるかな。

 ああ、科学館にも行くって言ったっけ。館長さん元気かな。


 みぃちゃんはあの時のこと、覚えているのかな。


 スースーと気持ちよさそうに眠っているみぃちゃんは、今ではすっかりデブ猫です。

 きっとすぐに歩き疲れて甘えてくるかもしれない。

 狭い生け垣の中とか、コンクリートの隙間にもきっともう入れないだろうな。


「みぃちゃんは、あんなに小さかったんだよ?」


 わたしの小さな手にぴったり収まるくらいのみぃちゃんは、少し目を開けて「にー」と言いました。


 いまでもみぃちゃんは私の子供で、きっと出会うべくして出会ったのだろうと思っています。

 そしてその後は、色んな選択肢があったのかもしれない。

 でもきっと出来ることをしたのだと、その時の精一杯の考えだったんだと思います。

 別れるときはいつだって寂しいけど、いま一緒にいる時間を大切にしたいと思います。


 色んな人に出会えたのも、今の自分もみぃちゃんがいてこそです。

 私は、まだふんわりした考えだけど、将来は動物に関わる仕事がしたいなと思っています。

 いつか会ったキラキラしたお姉さんたちはトリマーを目指していたらしいけど、今はもう活躍しているんだろうか。今になってあの手紙を読み返して、そういう仕事もあるんだと、動物に関われる職業を、暇があれば調べています。


 ただ調べれば調べるほど、いい現実ばかりじゃないと、子供が無邪気に可愛がるだけの夢のようにはいかないことも分かってきます。


 だけど私は、子供だった自分の夢を叶えたい。


 あの時、家出をするしか考えていなかった私みたいな人の助けになりたい。


 まだまだ、どうしたらいいかわからないままだけど。


 だから今でもきっと私は、みぃちゃんと一緒に歩いている途中なんだと思う。

 まだあの旅は終わっていないんだ。

 せわしなく歩いたり、脇道にそれたり、たまに休憩もしながら、色んなことを知って、色んな人に出会って、色んな景色に足を止めて。


 これからもみぃちゃんと一緒に、歩いて行きます。

 家出はもうしないけど。

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少女猫心中 繭水ジジ @gigimayu

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