第34話 おっぱいを大きく
なんかちょっと寒くなって目が覚めました。
あと遠くから、ドッドッドッとなんか機械の車の音もします。
草がさわさわとゆれています。
胸の上のみぃちゃんが目をぱちくりと開けて、大きなあくびをしました。
体を起こすと、真上にあった太陽はちょっとかたむいていて、畑の脇の草が気持ちよくてお昼寝していたことを思い出しました。
わたしはリュックサックから玄米茶を出して一口飲みました。みぃちゃんにも湯のみに入れてあげます。
すると最後のしずくがぽたぽたと落ちました。
「なくなっちゃった」
みぃちゃんは最後の玄米茶をなめています。
もうあと二円しか持っていないので、玄米茶は買えません。
「公園のお水を入れようかな」
まわりをぐるっと見ると、やっぱり畑ばかりで公園があるようには見えません。
のどが渇いたらどうしよう。
みぃちゃんが玄米茶を飲んでいる間に、リュックサックの中身を整理しようと見てみました。
二円が入っている財布、今月号の『なかよろし』、付録のペンライトと光るステッカー、『じだらクマ』のシールがついたパンの袋、それと『ちゅるる』があと二本あります。
そしてぜんぶ出してみると、底にぺったんこになった袋を見つけました。
わたがしです。
お祭りのときとか初もうでのときに神社で買ってもらうのよりもずっと小さい、魔女のお菓子屋さんで買った小さなわたがしです。
本当はふわふわなのになかよろしの下でおせんべいみたいにぺったんこになっていて、さっきトンネルでみぃちゃんをリュックサックに入れていたので、わたしの胸をふみふみするみたいにリュックサックの中でもふみふみして、それでさらにぺったんこになったんだと思いました。
お母さんはおっぱいを横からお肉を持ってきて大きくなるので、わたしはこのわたがしも似たようなものだと思って、袋の横から押してみたけど、変わりませんでした。ぺったんこのままです。
ぺったんこのわたがしなんて初めてなので、まずは開けてみます。
袋のギザギザをぴーって引っ張ると、甘い匂いがして、薄ピンク色のわたがしが出てきました。
平べったいわたがしをつまんで引っ張ると、ずるりとぜんぶ出てきました。
口に入れてみると、やっぱりわたがしです。平べったくてもおっぱいはおっぱいです。そうお母さんは言うけれど、じゃあなんでおっぱいを大きく見せるのかふしぎです。
それはそうとわたがしを食べているとみぃちゃんも手を伸ばしてくるので、チョコレートを食べたら駄目なみぃちゃんは甘いわたがしも食べたら駄目なのかなあと思って、うしろを向いてひとりで食べます。
うしろを向くとみぃちゃんが追いかけて回ってくるので、またうしろを向くとまたみぃちゃんが追いかけてきて、ぐるぐるしているうちに食べ終わりました。甘くておいしい。
「みぃちゃんにはちゅるるをあげるから」
わたしはちゅるるを開けてみぃちゃんに食べさせてあげました。にゅるにゅる搾ります。
わたしの口もわたがしでべとべとになって、にゅるにゅるします。
でもわたしのは甘い。みぃちゃんのはくさい。砂浜で嗅いだ海の匂いとちょっと似ているかも。
みぃちゃんはちゅるるを食べおわって、わたしは立ち上がりました。
リュックサックを背負って、また出発します。
「みぃちゃんレッツゴー」
「にー」
元気を出して言ってはみたけど、じつはちょっとつかれていました。
だってどこまでも畑が続くので、もうどっちがおじいちゃんの家かわかりません。
それどころか、どっちから歩いて来たのかもわからなくなっています。
「歩くしかないよね」
「にー」
わからないので、みぃちゃんのしっぽの先の方向に進むことにしました。
でもみぃちゃんのしっぽは右に行ったり左に行ったりするので、やっぱりまっすぐ進むことにしました。
道路の脇に、なんか円いブロックがあります。
わたしがちょうど入れるくらいの大きさで、真ん中からにょきっと蛇口がはえていました。
きっと水道です。
飲みものがもうないので、玄米茶のペットボトルに水を入れようと考えました。
しかしあれまあ。ひねるところがありません。水が出てくる穴はあるのに。
これは罠だと思いました。だれかがひねるところを持っていったに違いありません。
水道があるとみせかけて、ない。
水が出るとみせかけて、出ない。
出そうで、出ない。
わたしは「げきれあが出そうで出ないちくしょう」というお父さんの言葉を思い出しました。わたしはこれがお父さんのゆいごんだろうと思いました。ゆいごんというのは、死ぬ前に喋る言葉です。そう言ったあと、いつもお父さんはソファーで死にます。
「これは、げきれあなんだよ」
「にー」
「出そうだけど、出ないの!」
「にー」
わたしは水をあきらめて先を急ぎます。みぃちゃんには、かきんじごくというのに落ちてほしくないから。
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