第31話 背中がもぞもぞ
ずっと歩いていると、電車が見えました。
向こうの道路を、建物と建物の間からゴゴーと音を立てて走って行きます。
行き先が同じ方向なので、なんだか頼もしくなります。
カンカンカンと踏切も見えて、トラもようの棒が上がっていきました。
「ちょっと渡ってみようか」
「にー」
線路のほうに向きを変えて、電車の走った方向に歩いて行くことにしました。
フェンスがあるので安全です。
線路を見ながら進んでいくと、なんだかちょっぴり速く歩けるようになった気分がしました。
でも、しばらく進むとふつうの道路にでて、線路が見えなくなったので残念でした。
たくさんの車が行ったり来たりしています。ここは交差点です。
まっすぐと、右と、左に道路が分かれていて、いつもおじいちゃんの家に行くときは右に曲がるので右に曲がりました。
でも見るからにものすごい登り坂になっていて、歩いて登れるんだろうか心配になりました。
「みぃちゃん、つかれたら言ってね」
「にー」
みぃちゃんはとことこ進んでいくので、わたしも元気を出してとことこ歩きます。
車は坂道もなんのその走って行くけど、わたしとみぃちゃんはへとへとになります。
とちゅうでしゃがんで休憩をしながら、玄米茶を飲んで、また上ります。
ひざがなんか骨がつかれてきて、座って立ち上がるときにプルプルします。
知っている歌を歌いながらがんばって歩くけど、もう知っている歌がなくなってこまりました。
ずっと坂道を登っていくと、どんどんまわりに木が増えてきて、山みたいになってきます。
歩道はガードレールと木が生えてて広いし、車もにぎやかだし、まだお昼で明るいのでそれだけが安心です。
でも、それは坂の上まででした。
足がちょっと楽に進むようになって、上り坂が終わったんだなと思いました。でも安心もつかの間で、目の前に大きなトンネルが見えます。
大きな山にトンネルがずっと続いていました。
車は吸い込まれるように真っ黒なトンネルに入っていきます。向こうからの車はトンネルから勢いよく出てきます。
わたしたちもトンネルを入らなければなりません。
でも真っ暗な中に、オレンジの電気がどこまでも続いていて、大丈夫かなと思ったけどやっぱりこわくなって引き返そうと思いました。
みぃちゃんも元気に歩いていたのにトンネルに入らずに座っています。
うしろを振り返ると、上ってきた坂道がずっと下まで伸びています。距離は、トンネルとどっちが長いんだろう。
もし歩道を戻るにしても、またこの下り坂になった道を歩かなければなりません。
わたしは覚悟を決めました。
「みぃちゃんはリュックサックに入ってて」
「にー」
腕で抱っこをしてずっと歩くのはつかれてくるし、もし暴れて飛び跳ねたら大変です。
わたしはみぃちゃんをリュックサックに入れました。
みぃちゃんはリュックサックの中でくるんとまわって顔を出すと「にー」と言いました。
背中がもぞもぞする。
「大人しくしているんだよ」
「にー」
みぃちゃんリュックをしっかりと背負って、わたしは灰色のトンネルに進みました。
真っ暗な中にオレンジ色のあやしい電気がずっと向こうまで並んでいて、車の明かりがビュンビュン飛んできます。
トンネルの歩道はとてもせまくて、人ひとり歩くのでいっぱいです。
段にはなっているけど、ガードレールもさくもなくて、もし手を伸ばしたら車に当たってしまうんじゃないかというくらいのせまさです。
勇気を出して歩いてみたけれど、やっぱりこわい。
おかしなことに、空気がひんやりしたり、温かくなったり、もうなにがなんだかわかりません。
いったん戻ろうかとうしろを振り返ると、外の明るい光がまぶしくて、でも戻っていくのもこわくなって、しかたなくがまんして前に進んでいくことにしました。
ゴーゴーと車の音が耳の近くまで響いてきます、
たまに強い風がビュウッとふいてきて、顔にぬるい空気がぶつかります。
トンネルの壁をよく見ると、灰色なんだけどところどころに黒くとけたみたいなシミがあって、人の顔だったり体だったり、指を伸ばしているようにも見えて、もうわたしはひたすらなにも考えずに歩くことだけにしました。
たまにみぃちゃんを呼んで、ちゃんといるか確かめるけど、こわいからちゃんと返事してほしいなあと思いました。返事がないといなくなったんじゃないかと思ってしまうからです。でもみぃちゃんがもぞもぞ動いていたり、あったかいのが背中にごろごろ動いているとちゃんといるので安心しました。
大きなトラックが通りすぎるときがいちばんこわくて、ぶつかるんじゃないかと気が気じゃありません。それに風も連れてくるので吹き飛ばされそうになるし、そうやってふらふらしていると、どこがまっすぐなんだかわからなくなって頭がぐるぐるします。
頭がぐるぐるしてふらふらすると、せまい歩道からはみ出して段から落ちそうになります。
わたしは急いでトンネルを出たいのに、急ぐと危ないので、一歩一歩気をつけて足を出すことにしました。
それでもまだオレンジ色の電気は続いていて、頭がぼーっとしてきました。
前を見てもうしろを見ても、オレンジ色の電気がずっと並んでいて、その先に外の明かりが見えます。
もしかしたら一生トンネルから出られないんじゃないかととてもこわくなりました。
お父さんとお母さんのことを考えたら、さびしくなって泣いてしまいそうです。
おじいちゃんとおばあちゃんのことを考えたら、ちゃんとたどり着けるのか不安になってきます。
学校のともだちとかせんせいのことを考えたら、もう会えないんじゃないかと悲しくなります。
わたしは、動物のことを考えました。
走っている車やトラックがうまとかぞうだったらいいのになと思ったら、トンネルの中がほんのちょっとだけおもしろく見えました。
「そういえば動物園はなかったねえ」
「にー」
「看板はあったんだけどね」
「にー」
みぃちゃんの声もなんだかさびしそうに聞こえます。
「もうすぐだからね」
みぃちゃんの声は車の音にまぎれてときどき聞こえなくなるけど、背中にはちゃんとあったかいみぃちゃんの息が聞こえます。もぞもぞもします。
いまはこのもぞもぞが、とても安心します。
光が明るくなってきました。
出口です
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