(第29話)あとでね!
みぃちゃんを段ボールに入れると、みぃちゃんはいっしょうけんめい出ようと手を伸ばしています。
「にー、にー」
「違うよ、一緒にいるよ」
みぃちゃんの声がさびしく聞こえたので、わたしは誤解をとくために、どこにも行かないよと言いました。とりあえず箱に入れただけです。
でも、このまま『パパゾン』の段ボールに入れて持って帰ったら、お父さんはよろこぶかもしれないけど、お母さんは「またポチったのね!」って言って怒ってくるかもしれません。お母さんも、どうじんしを買うけど、たまに紙袋にたくさん入れて買ってくるので、段ボールがきらいなのかもしれない。
あと、お父さんが「ケースから出すと価値が下がる」と言っていたのも思い出したので、むやみに箱から出したらお父さんにも怒られるかもしれません。
こまった。どうしたものか。
ひとまずおうちに帰って、お父さんとお母さんに言ってみてからのほうがいいかもしれない。
「大丈夫だからね」
「にー」
わたしはみぃちゃんを置いて、おうちに帰ることにしました。
あとでまた迎えに来ればいいからです。
でもここにこのまま段ボールが置いてあると、だれかにさらわれるかもしれないと思ったので、どこかに動かそうとしました。
「見つからないところがいいよね」
わたしはみぃちゃんを段ボールごと、公園のベンチの下に持っていきました。
ずっと持って行ったわけではなくて、じつはとちゅうから地面に置いて押しました。そのほうが楽だと気づいたからです。
ズルズルと段ボールが進んでいって、まるでみぃちゃんが車に乗っているみたいです。
そのままズルズルと押していくと、ベンチの下にぴったり入りました。勉強するつくえの引き出しみたい。もしくはお母さんの部屋のたんすの引き出しみたい。教科書よりも、とてもうすい本が入っていて、こんなにうすい本だったら勉強も楽かなあと思ったりもします。
「ここで待っててね」
「にー」
ベンチの下からみぃちゃんがまたさびしそうに言うので、ちょっとだけ段ボール引き出しを開けて、みぃちゃんをなでました。
ちっちゃくて可愛くて、今度はわたしの手をペロペロなめてきてくすぐったい。
やっぱりわたしがお母さんにならなきゃいけない。
わたしは自分がお母さんにされるみたいに、毛布をみぃちゃんに掛けてあげました。
「ちょっとだけお昼寝しててね」
毛布の下から「にー」と聞こえました。
わたしは走っておうちに帰ります。
この公園をこのまま通り抜けると早いので、入ってきた逆のほうに公園を出ました。
ランドセルにつけた『じだらクマ』のミニぐるみをカチャカチャ鳴らして走ります。
とちゅうで今月号の『なかよろし』を買うのを忘れたことに気づいたけど、今はそんな場合じゃない。みぃちゃんが待ってるから。
でもやっぱり買って帰ってもよかったかなと後悔しました。
お母さんがまだ帰っていないからです。
お父さんはいたけど、どうせならお母さんにみぃちゃんのことを先に言おうと思いました。なぜかというと、猫耳ミクが大好きなお父さんにみぃちゃんのことを教えると、みぃちゃんをひとり占めされるかもしれないからです。
「なにか良いことあったの?」
「あとでね」
「教えてよ」
「あとで!」
これ以上お父さんといたら、うっかり喋ってしまいそうです。
つい言いたくなった口を手で押さえて自分の部屋に逃げました。
ドアの向こうからお父さんの声がします。
「おやつはいらないのかな?」
「いるけどいらない!」
「プリキュワのグミだよ」
わたしはドアを開けました。
「今から買いに行こうか」
わたしはドアを閉めました。
「ひとりで買って来て!」
もうお父さんは信用できない。
だってさあ、いまの言い方だと、いまもうあるみたいじゃん。
わたしはおもちゃ箱の奥にある大事なもの箱を取り出しました。
本当はお菓子の箱だけど、お母さんがまわりにきれいな色の紙をのりで貼ってくれて、これに大事なものを入れているわけです。お父さんもこうして『猫耳ミク』のフィギュアや『祈祷戦士カミダノム』のプラモデルを大事にしているし、お母さんも『プリンスハイツへようこそ』のどうじんしとかクリアファイルとかを大事にかくしています。
お父さんとお母さん同士ならいいけど、お客さんとか、家庭訪問のときに見られないようにかくしています。
まあそれはそうと、わたしの大事なもの箱の中には、幼稚園の先生からのお手紙と、一年生のときの先生の手紙と、あとプリキュワのマジカルハートクリスタルが入っています。
幼稚園の先生はわたしが大好きな先生で、卒園してからお手紙をくれました。
一年生のときの先生は、てんきんして別の学校に行ってしまったので、そのあとにもらったお手紙です。
プリキュワのマジカルハートクリスタルは、おじいちゃんに買ってもらったおもちゃです。お父さんは「箱にしまっておくと価値が上がるよ」と言ってきたけど、そうしたら遊べないし、そのときはもう開けてたし。大事なものだからといって箱に入れておくのは違うとおもう。
だってみぃちゃんも大事なものだけど、この箱に入れません。それと同じです。
大事なもの箱をしまって、ベッドにもぐりました。
いっしょに寝ようね、みぃちゃん。
みぃちゃんはちっちゃいから、一緒に寝たらわたしが寝返りしてつぶれてしまうかもしれないから注意しないとなあ。
いっしょにごはんを食べようね。
みぃちゃんはなにが好きかな。わたしの好きなものと同じだったら、はんぶんあげようかな。
ひょっとして一緒に学校に行ったりして。
みぃちゃんをランドセルに入れて学校に行ったら、みんなびっくりしそう。
みぃちゃんと一緒に暮らすことを考えるだけでわくわくしてきます。
お母さんが帰ってくるのが楽しみです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます