第27話 まったりー

 ファーンと聞こえました。

 みぃちゃんもなんの音だろうと、山のほうを見ています。


 左側はずっと青い海で、反対の右側はずっと緑の山です。


 つぎにガトンゴトンと聞こえて、山の中を電車が走っていきました。


「あれは電車だよ」

「にー」


 山の中の電車は、木の間と木の間をかきわけて進むように隠れたり出てきたり、大きな音だけど、なんだかおもしろくて気持ちのいい音です。

 山の電車が見えなくなるまでながめていて、あの先におじいちゃんの家があるのかなと思ってまた歩きました。


 空が赤くなってきて、夕日が山に隠れようとしています。


 夕方はなんか、さびしい気持ちになってきます。

 ひょっとしてまた今日も、おじいちゃんの家に着かないんじゃないかと思って、なんだか胸のあたりが上も下も苦しくなってきました。

 のどとお腹の中でなにかふくれていって胸が押しつぶされているみたいです。

 でもふくれているのをはき出そうとすると、涙がいっぱい出てしまいそうで、でもみぃちゃんを見ていると元気に歩いているので、わたしは泣かないようにしようとがまんしました。


 あいかわらず海はザーン、ザーンと同じ音だけど、色は数字のチョコレートのオレンジみたいになっていました。きれいだけどなんかちょっとさびしい色です。同じオレンジ色なのに、なんでたのしい色だったりさびしい色だったりするのかなとふしぎに感じました。


 みぃちゃんはときどき止まりながらわたしのあとをちゃんとついてくるけど、たまに「にー」とわたしを呼んで、なんだか「つかれた」と言ってるみたいです。

 わたしもちょっと歩くのにつかれてきたので、そろそろ休憩したいなと思いました。


 これまで、海沿いを歩いて、山のほうに曲がって、バスに乗って、バスからまた海に出て、降りてまたずっと海沿いを歩いています。だいぶ進んだんだと思います。


 でもまだおじいちゃんの家には着かない。


 景色は見たことあるんだけど、いつもみんなで行くときは車なのでわたしは後ろの席で寝てしまうので、いつも間にかおじいちゃんの家に着いています。

 なのであまり景色をはっきりと覚えていなかったりして、いつも車で寝てしまうのをこうかいしました。


 それに車ならもっと速く進めます。

 歩いていると、見たことある建物を見つけても、そこまで着くのに時間がかかります。雲に乗って行けたらいいのに。それかヘリコプターとか。


 ヘリコプターよりも、雲がどうやって飛んでいるのか考えていると、ひざが雲みたいにふらふらしてきました。


「そろそろ休憩だね、みぃちゃん」

「にー」


 鉄のさくがなくなっていて、かわりに階段があります。海の砂浜に下りるコンクリートの階段です。

 そして反対側の、横断歩道の向こうには青いコンビニがあります。


 お腹もすいたので、行かざるを得ない。

 元気をふりしぼってコンビニに向かいます。

 本当はこの先に見えるファミレスで食べたいけど、もしかするとお金が足りなくなるかもしれないし、みぃちゃんが他のお客さんのごはんを食べてしまうかもしれません。

 チーズハンバーグ食べたいなあと思いながら、青いコンビニに入りました。


「いらっしゃいませー」

「はーい」

「にー」


 お店に入るとコーヒーのふしぎな匂いがしました。お父さんはよくコーヒーを飲むけど、それは粉ので、それじゃなくてお母さんが飲んでいるコーヒーの匂いです。パックをコップにのっけてお湯を注いだらプーンとふしぎな匂いがします。

 お母さんがわたしにも、お砂糖を二つと牛乳をコップのはんぶん入れてくれます。

 わたしはこっそりお砂糖をもう一つ入れます。おいしいのでお母さんと一緒に「まったりー」って言いながら飲みます。


 でも今はまったりしていられません。

 まずはみぃちゃんのごはんを探します。キャットフードのたなを見つけて『ちゅるる』を見つけました。昨日買ったちゅるるよりも値段の高いちゅるるがありました。

 みぃちゃんは、さっき百円を見つけたので、ごほうびに高いほうのちゅるるを買います。

 安いほうののちゅるるが四本で百四十八円だけど、これは三本で百八十円です。きっとおいしいんだろうな。


 それからわたしのごはんです。またおにぎりを買おうとしたけど届かないので、店員さんを呼んで「しゃけおにぎりください」と言って取ってもらいました


「合計で三百円です」


 わたしは財布からお金を出しました。百円玉と十円玉と五十円玉をぜんぶ出すと、ちょうど三百円あったので払いました。

 あと二円しかない。


 財布のどこかにかくれていないかと思って探したけどやっぱり二円にかありませんでした。いつの間にこんなになくなったんだろう。


 財布がさびしくなって、コンビニから出ると外はうす暗くなっていて、わたしもぽつんとした気持ちになりました。


「にー」

 みぃちゃんはそんなわたしに「早く行くよ」と言ってるみたいに横断歩道を渡ろうとしているので、抱っこして青信号を待って渡りました。

 そうしてさっき見つけた、砂浜に下りる階段を下りると、黒くなりかけた海が広がりました。


 なんだか海もさびしそうにザーンと言っていて、わたしは飲み込まれそうです。


 砂浜には、歩いていたときに見えたウニみたいな灰色の石が並んでいます。

 暗くて色はわからないけど、きっとそうです。


 わたしとみぃちゃんは砂の上をしゃりしゃり歩いて行って、ウニの石のすき間にリュックサックを下ろして座りました。

 公園の遊具にありそうな形なので、ひょっとしたら公園の遊具じゃないかと思いました。

 ひみつきちみたいです。


「海ってさあ、なんかくさいよね」

「にー」

 わたしがリュックサックから玄米茶を取り出していると、みぃちゃんはコンビニで買ったちゅるるをほしそうにビニール袋をガサガサしています。

 みぃちゃん用の湯のみに玄米茶を入れて、わたしも飲んで、みぃちゃんからビニール袋を取り上げてちゅるるを出しました。


 ちゅるるを一本取り出して開けると「にーにー」と「早くくれ」と言っているみたいにとがった歯が見えます。目がギランとしています。

 ちゅるるをにゅるにゅる絞っていくと、みぃちゃんがそれに合わせておいしそうに食べていくので、やっぱりおいしいのかなあと思ってちょっと匂いを嗅いでみたら、やっぱりお父さんの首の後ろよりくさかった。


 みぃちゃんはちゅるるを食べおわって、海をながめて、波のほうに歩いて行って遊んでいます。波に合わせて行ったり来たり。


 もう暗くなってあまり手元が見えません。でも海は夜の中にキラキラしていて、みいちゃんの黒い影がちょこちょこ動いています。


 わたしは目の前いっぱいの波の音と、うしろの上からする道路の車の音にはさまれて、いままであまり嗅いだことのない海の匂いの中で、足の裏が痛いのでくつをぬぎました。

 かぜがはだしをこすっていってスース―して気持ちいい。


 みぃちゃんの影があくびをしていて、まったりだなあと思いました。


 わたしはしゃけおにぎりを食べました。

 ごはんを食べてわたしもまったりすれば、さびしくならないと思いました。


 暗くてうまく開けられなかったけど、車が通ったときにすこし明かるくなるのでなんとか開けられます。

 おにぎりはのりがパリッとして、お米が口の中でバラバラになって、噛むとおいしさがとけていって、中のしゃけがもちもちして、おいしい。


 でも、お母さんのおにぎりのほうがおいしい。


 とちゅうまで食べて、お母さんのおにぎりを思い出しました。

 遠足のときや給食がないときにお弁当を作ってくれます。お父さんよりはお母さんのほうがじょうずで、お父さんの作るごはんはカレーが好きです。お母さんの作るごはんでいちばんおいしいのは、お弁当です。そのなかでぜんぶおいしいけど、おにぎりがいちばんおいしい。


 お母さんのおにぎりが食べたい。

 具はなんだろうといつも楽しみで、でも入っていなかったり入っていたりしてぜんぶ食べます。

 お母さんのおにぎりが大好きです。


「お母さんのおにぎりが食べたい」


 わたしはしゃけおにぎりをぜんぶ食べて、涙をふいたけど、また出てきました。

「お母さんのおにぎりが食べたい」


 両手で目をこするけど、涙はほっぺたに落ちてきて、ひざで顔を隠すけど、それでもどんどん涙が出てきて、顔から涙が出てきているみたいです。


「お母さんのおにぎりが食べたい」

「にー」

 気づいたらみぃちゃんがわたしのひざに手をかけて立っています。

 もう片方の手でわたしのほっぺたをなでて「泣かないで」って言っているみたいでした。

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