第25話 黒あんはおいしい
みぃちゃんが動こうとするたびにコンクリートのすき間から奥に奥に行ってしまいます。
みぃちゃんもいっしょうけんめい顔をひねっているけど、こっちを振り向けないくらいせまくて、その向こうはがけの海なのであんまり暴れると落ちてしまいます。
「みぃちゃん、どうしよう!」
「ふにー!」
するとみぃちゃんは、体をくねらせて立ち上がると、手と足をバタバタさせてすき間の壁を登っていきます。むしみたいです。
「ふー!」
みぃちゃんはコンクリートの壁を登り切りました。
「すごい!」
「にー!」
わたしはみぃちゃんを見上げて拍手をしました。
「でもどうやって下りるの?」
みぃちゃんはブルンと体をゆらして、コンクリートの壁の上を気にせずに歩きます。でもやっぱり下りたくなったのか、こっちに飛び下りようとしています。
わたしはみぃちゃんを受け止めようと両手を広げて待ちかまえました。
みぃちゃんは手をもぞもぞさせてジャンプの準備です。
みぃちゃんが跳びました。わたしの頭を蹴って、肩を蹴って地面に下りると、さっき置いたおにぎりのせんべいのかけらを食べ出しました。ポリポリおいしそうに食べているけど、わたしは頭が痛い。
頭をおさえて歩きます。日差しもあるし、ぼうしを持ってくればよかった。
そこから少し進むと、タコの看板が見えました。真っ赤なタコで目がぐりんとしています。
間違いなくわたしは知っています。あそこは、みんなでおじいちゃんの家に行くとちゅうにあるたこ焼き屋さんです。
いつもおじいちゃんの家に行くときには、あのたこ焼き屋さんでおみやげにたこ焼きと、回転焼きを買って行きます。
車で行くときはわたしはいつも後ろの席で寝てしまっているので、起きたときはおじいちゃんの家にもう着いていたりして起こされます。そしてみんなでたこ焼きと回転焼きを食べます。
回転焼きは黒あんと白あんがあるけど、わたしは黒あんが好きで、でも食べてみて中身が白あんだったときはがっかりするけど、白あんもおいしいです。
黒あんの回転焼きを食べたいなあ。
「寄ってみようか」
「にー」
みぃちゃんも寄っていく気まんまんです。
タコの看板に向かって歩きます。道路の向こう側なので横断歩道まで行こうとしたら、おじいさんが横断歩道のない道路を渡ろうとしていました。
車はびゅんびゅん走ってきます。おじいさんは右を見たり左を見たりして、道路を渡ろうとしています。でも車がやってくるのでなかなか渡れません。
もう少し行けば横断歩道があるのに。
そう思っていたら、おじいさんは道路に飛び出しました。
キキーッとこっちから来る車が急ブレーキをかけて、つぎに向こうから来る車も急ブレーキで止まって、おじいさんが車の間を歩いて行きます。
おじいさんが道路を渡り切って、止まっていた車が動き出しました。
おじいさんはそのまま歩いて行きました。
「あぶないからみぃちゃんはまねしちゃ駄目だよ」
「にー」
みぃちゃんはかしこいからきっと大丈夫です。
わたしたちはちゃんと、信号機のある横断歩道まで歩いて行きました。
みぃちゃんを抱っこして信号機を待ちます。なぜかというと、みぃちゃんが赤信号で飛び出すかもしれないから「青になったら渡るんだよ」と教えたけど、もしものことがあるからしっかりと抱っこしました。
待っていると車が停まりだして、目の前の信号が青になったので横断歩道を渡りました。
横断歩道のしましまの白線を踏んで、はみ出さないように歩きました。いいことがありそうだからです。でもちょっとジャンプが足りなくてはみ出してしまったので残念。
横断歩道を渡って、タコの看板が真上になりました。たこ焼きのいい匂いがします。
たこ焼き屋さんの駐車場から車が出て来たので、わたしはみぃちゃんを抱っこしたまま止まりました。
車のうんてんしゅさんは道路に出ようとしているけど、向こうしか見ていないので、わたしとみぃちゃんに気づいていません。
向こうを見ている車は、向こうから車が来なくなって、そのまま発進しました。
こっちに曲がって来たので、わたしは「うわー」って言ってぶつかると思ってひやひやしました。
目の前にタイヤが近づいてきて、ぐるぐる回っています。車はそのまま行ったのでぶつからなくてよかったなあと思いました。
たこ焼き屋さんの窓のところに行くと、ますますいい匂いがしてきてお腹がすいてきました。みぃちゃんも鼻をひくひくさせていい匂いを嗅いでいます。
「回転焼きをください」
「はーい」
窓の向こうから声がしました。でも見えません。窓まで高いからです。
「あれ、どなた?」
また窓の中から聞こえました。たこ焼き屋さんもわたしが見えません。
わたしはみぃちゃんを抱っこして持ち上げたらおばさんに気づいてもらえたかなと思ったけど、おばさんがもしかすると猫が喋っていると思ってびっくりすると思ったので、うしろに下がりました。
わたしはおばさんが見えるところまでバックすると、たこ焼き屋さんのおばさんが見えて、おばさんもわたしに気づきました。
「あら、いらっしゃい」
「回転焼きをください。黒あんです」
「はーい、ひとつかな」
わたしはみぃちゃんとリュックサックを下ろして、財布から八十円を出しました。
なんかいつの間にかだいぶ財布が軽くなったなあと思いました。
「はーい、熱いから気をつけてね」
手を伸ばしてお金を置いて、回転焼きを取りました。紙で包まれててじんわりあったかくていい匂いです。
「みぃちゃんに食べさせていいのかな」
「にーにー」
みぃちゃんはほしいほしいって言ってるけど、あんこはチョコレートのともだちなのでチョコレートみたいに食べたらいけないのかなと思ってしまいます。
ひとくちだけあげようかどうか迷っていると、おばさんがドアから出てきました。
「あら、可愛い」
「みぃちゃんです」
「みぃちゃんっていうの。可愛いねえ」
おばさんは指でちょんちょんとみぃちゃんをなでています。
わたしは、たこ焼き屋さんに『ちゅるる』も売っているのかなあと思って聞いてみました。たこ焼き屋さんなのに回転焼きを売っているからです。
「ちゅるるはありますか?」
おばさんは「ちゅるる?」って聞いて考えていたけど「ああ、猫ちゃんのごはんね」って言ってお店に入って行きました、
すぐにまたドアから出てきて、手にはお皿を持っていました。
「うちの嫁夫婦も帰って来たときに猫をつれてくるから、カリカリを置いてるのよ」
おばさんはお皿を地面に置くと、入ってるカリカリにみぃちゃんが飛び込みました。カリカリカリカリといっしょうけんめい食べています。
なんだかおいしそうに食べているので、わたしも回転焼きを食べました。
やっぱり黒あんはおいしい。
おじいちゃんの家で食べるときはもう冷めているので、あつあつの回転焼きは初めて食べました。あまりにおいしくてあっという間にぜんぶ食べました。
あんこだけじゃなくて、まわりもおいしいの。
焼きたての生地はちょっとパリッとします。
みぃちゃんもカリカリをぜんぶ食べおわって、お皿までなめていました。
おばさんはうれしそうに言いました。
「お腹すいてたんだねえ」
「にー」
おばさんはみぃちゃんの頭をなでると、みぃちゃんは目を細くして笑っているみたいになりました。
「あんたたちはどこ行くの?」
「おじいちゃんの家です」
「道はわかるの?」
「はい!」
このたこ焼き屋さんが目印みたいなものなので、このまままっすぐ行けばいいはずです。
「ありがとうございました」
「うんうん、気をつけてね」
おばさんにあいさつをして歩くと、みぃちゃんも振り返って「にー」ってあいさつしました。
「お腹いっぱいになったね」
「にー」
また元気が出たので、おじいちゃんの家までがんばって行こうと思いました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます