第24話 お尻と海

 わたしは、山道をバスが曲がるたびに右にたおれたり左にたおれたりしていました。


 うしろのほうの座席のひとは、降りるときにみぃちゃんに「ちゃんとお座りしていい子ねえ」とか「可愛いねえ」とか言ってくれたので、わたしは、やっぱりみぃちゃんはだれが見てもいい子で可愛いんだなあとうれしくなりました。


 そのいい子で可愛いみぃちゃんは、わたしの座席の通路の向こうの席に座っています。なんか大きい車にふたりで乗ってるみたい。


 わたしは玄米茶をリュックサックから取り出してキャップを開けて飲もうとしたら、ガタンとゆれて「わー」っていってちょっとこぼしてしまったけど、ほんの少しだけなので黙っておくことにしました。みぃちゃんがいちぶしじゅうをじーっと見ていたから、あとで『ちゅるる』を買ってあげようと考えました。


 ガタゴトゆれながら、わたしとみぃちゃんのバスは、山を進んで行って信号で停まりました。


 そしてなんと、山がなくなって海が見えました。

 バスはぐるんと曲がって海沿いを走ります。

 みぃちゃんも海を見ています。

 左側の座席にいるみぃちゃんのほうからだとよく見えるので、わたしもみいちゃんのとなりに座りました。

 みぃちゃんはちらっとわたしを見て、また海を見ました。そしてわたしのひざの上に乗って、ふたりで海をながめました。


「海は大きいねえ」

「にー」


 わたしはふと、気づきました。

 この道は、おじいちゃんの家に行く道です。


 なのでそろそろ降りてみることにしました。

 このままずっと乗っていたいけど、このままずっと乗っているとおじいちゃんの家を通り過ぎてしまうかもしれないからです。

 それと、ちょっとお金が足りなかったらどうしようとも思いました。


「みぃちゃん、押していいよ」

 わたしはみぃちゃんを背中から抱っこして『おりるボタン』に近づけました。

 でもみぃちゃんは手をばたばたさせて、どこを押せばいいのかわからないみたいだったので、わたしが押しました。ボタンを押すのはなんか楽しい。


 しばらくするとバスが停まりました。

「みぃちゃん、降りるよ」

「にー」

 わたしはリュックサックから財布を出して、うんてんしゅさんのところへ行きました。

 みぃちゃんも座席から跳び下りてとことこ進みました。


「おいくらですか?」

「うーんと、百九十円です」

 うんてんしゅさんは白いてぶくろをしているので、なんかプロっぽいなと思いました。

 プロというのは、お父さんが『祈祷戦士カミダノム』のおんらいんをやっているときに上手な相手をほめる言葉です。


「みぃちゃんの分もおねがいします」

 するとうんてんしゅさんはこっそり教えてくれました。

「猫はね、タダなんだよ」


 知らなかった。みぃちゃんは知っていたのかな。

 プシューっていってドアが開くと、みぃちゃんは外にジャンプしました。

「ありがとうございます」

 わたしもバスを降りようとしたら、うんてんしゅさんが「つぎはゲージとかに入れてまた乗ってね」って言ったので「はい!」と返事をしました。ゲージってなんだろう。あたらしい祈祷戦士かな。


 バスはプシューっていってドアが閉まると、また走り出しました。


 今度の海は、ガードレールじゃなくてコンクリートの向こうです。

 コンクリートの向こうはがけになっていて海だけど、これだとまるで壁なので落ちる心配もないし、歩道が車道よりもいちだん上がっているので安心して歩けます。


 ひょっとしてここもこくどうなのかなと思いました。車が多いし、おじいちゃんの家に行くときに見たことがある道の気がします。

 つまり、左側に海を見ながら歩けばいいわけです。


「みぃちゃんレッツゴー」

「にー」

 なんだか元気が出てきました。


 車が通りすぎる音のすき間から、コンクリートの向こうの波の音が聞こえます。

 ざーんっていって、ちょっとしてからまたざーんっていうので、歩きながら泳いでいる気分になります。

 残念なのは、海があんまり見えないことだけど。


 わたしはみぃちゃんを追いこしたり追いぬかれたりしながら歩いていると、コンクリートにすき間を見つけました。

 すき間からのぞくとちょっとせまいけど海が見えます。

「みぃちゃん、海が見えるよ」


 わたしの頭は入らないけど、みぃちゃんなら入れそうです。わたしがのぞいているとみぃちゃんものぞきたくなったのか、頭をつっこみました。

 そのままズルズルと体をこすって入っていきます。


 そしてピタッと止まりました。

「みぃちゃんがはさまった!」


 みぃちゃんはコンクリートのすき間から出れなくなってしまいました。

「みぃちゃん、バックして!」

「にー」


 わたしはしっぽをひっぱりました。

「ふがー!」


 そんな声は聞いたことがありません。

 はさまって動けなくなったみぃちゃんの声が泣きそうになっていきます。


 そうだ、ちゅるるだ。


 わたしはリュックサックを下ろしてちゅるるを探したけどありません。山の中であげたのがさいごのちゅるるだったと思いだしました。

 ちゅるるで誘ってバックさせようと思ったのに。


 わたしの目の前にはみぃちゃんのお尻と海が見えます。


 みぃちゃんの大好きなちゅるるはもうないし、数字のチョコレートはあげたらいけないので、代わりを探していたら、おにぎりのせんべいがありました。これでおびき寄せよう。


 開けると二枚入っていたので、一枚を割って小さくしてみぃちゃんのお尻の下に置きました。

「みぃちゃん、ごはんだよ!」

「ふごー!」


 しまった。みぃちゃんは動けないからこっちを見ていない。なんてこった。


 わたしは手を入れようとしてもコンクリートとみぃちゃんのすき間に入りません。

 足を引っ張ろうとしても、みぃちゃんは暴れ出してどんどん奥に行ってしまいます。

 このままじゃ、海に落ちてしまうかもしれません。

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