第20話 このへんたい!

 猫はかせのお姉さんは、わたしとみぃちゃんのそばにいてくれました。

 猫はかせじゃないお姉さんは、トイレに行っています。

「みぃちゃんはねえ、玄米茶が好きなんだよ」

「そうなんだ、わたしも玄米茶が好きだよ」

「おじいちゃんの家にあるかなあ」

「おじいちゃんの家にもきっとあるよ」

 お姉さんは優しくてキラキラしているので、みぃちゃんも好きみたいでなでられて目を細くして眠っているみたいにうっとりさせています。さすが猫はかせだ。


 猫はかせじゃないお姉さんがトイレから戻ってきて、猫はかせのお姉さんは「ちょっと待っててね」って言ってふたりで話しています。

「よかったね、みぃちゃん」

「にー」

 みぃちゃんはもっとなでられたそうに猫はかせのお姉さんを見ているので、わたしもお姉さんたちを見ているとふたりでなにか話していました。


「……けいさつに……すぐ……」

「…それまで一緒に……」


 わたしは「けいさつ」って聞こえて、しまったと気づきました。

 家出したのでわたしは悪い子です。けいさつに捕まってしまいます。みぃちゃんはどうなるのか想像がつきません。逃げたほうがいいんじゃないかと思いました。

 でもお姉さんたちはいいお姉さんたちなので、けいさつに内緒にするねっていう話かもしれません。


 どうしようか迷っていたら、お姉さんたちが戻ってきました。

「もうちょっとお喋りしようか」

 お姉さんたちとお喋りするのはたのしいけど、わたしは気が気じゃありません。


 お姉さんたちはわたしに、なんだか時間をかせぐみたいに話しかけてきます。

「学校はたのしい?」

「どんな勉強をしているの?」


 あ、このふんいき知ってる。わたしが夜中に眠れなくなってお父さんとお母さんのところに行ったら、お父さんとお母さんは手をつないでくっついていて、わたしが来たことにびっくりして服を着ながらわたしに質問することだ。


 そうかお姉さんたちはいちゃいちゃしたいんだ。


 わたしはやっと気がつきました。


「わたしはそろそろ出発します」

 みぃちゃんに「行くよ」って言って先を急ぐことにしました。


「待って、待って」

「もうちょっとだけ話そうよ」

 お姉さんたちはわたしを引き留めるけど、二人でいちゃいちゃしていてください。

「おきづかいなく」

 わたしは気をきかせてみぃちゃんを抱っこして歩きました。こういうことができるのが大人。


 トイレを通り過ぎて駐車場を出ようとすると、お姉さんたちも追いかけて来て、そして道路からパトカーがやってきました。

 こんなに近くでパトカーを見たのは初めてで、びっくりしました。


 きっと、わたしとみぃちゃんを捕まえに来たんだ。


 パトカーからけいさつのおじさんがふたりも降りてきて、こっちに歩いてきました。

 わたしはどうしていいのかわからずにこわくて動けませんでした。見た目もこわそうです。なんだか偉そうです。


 けいさつはわたしをちらっと見て、お姉さんたちとなにか話しかけています。


 わたしは逃げるとしたらどっちに走ろうか考えていました。

 すると、とつぜんお姉さんたちが怒り始めました。けいさつはもっと大きな声で怒鳴りました。

「お前たちがゆうかいしたのか」

「違います。ここにいたんです」

「じゃあどうやってここまで来たんだ」

「知りませんよ」

「知らないということは、もくひということだな」


 わたしはなんかいやなふんいきを感じて、もっとこわくなりました。


「もくひというのは、犯人がやることだ」

「違います」

「げんこうはんでたいほでいいな」


 お姉さんたちはずっと「意味わからない」と言っていて、するとけいさつのもうひとりのほうが言います。

「にんいどうこうってことでついてくればいい」

「にんいですよね」

「来るってことは認めたということだな」


 ほっぺたに雨がぽつりと落ちてきました。

 わたしはとても逃げたくなって、でもお姉さんたちがかわいそうに見えて、でもなにを言っているのかわからなくて泣きそうになって、でもお姉さんたちも泣きそうになってて、どうしていいのかわかりません。


「トイレに行ってきます!」

 わたしはみぃちゃんを抱っこし直して、そう言ってからトイレに走りました。

 トイレに入る時にちらっと振り返ったら、お姉さんたちはわたしを気にしていたけど、けいさつが連れて行こうとしていて、もうひとりのけいさつがこっちに近づいてきて、こわくなっていたら猫はかせじゃないお姉さんが大声を出しました。

「女の子のトイレについて行くんですかこのへんたい!」


 けいさつはもっと大声で「じじょうちょうしゅ」なんとかって言っています。

 わたしはみぃちゃんをぎゅっと抱きしめて、トイレに入るふりをして、みぃちゃんみたいにするりと裏にまわって見えないように走りました。


 みぃちゃんが「にーにー」って泣いています。わたしも泣きそうだけど、がまんして走ります。雨が顔にいっぱいかかってきて前がよく見えないけど、走ります。

 道路じゃなくても走ります。木の根っこを踏んづけながら走ります。

 葉っぱをがさがさ鳴らして、木の枝がいっぱい当たって、大きい木も細い木も通りすぎて走ります。


 みぃちゃんは苦しいかもしれないけど、ごめんね。


 ブラウスもデニムもぬれて、くつも水が入って、いっぱい雨が顔に当たって、みぃちゃんがぬれないようにぎゅってしながら走りました。


 雨の石を踏んづけてすべって転んで、起き上がってまた走りました。


 なにも聞こえなくなって、心臓がざわざわして、どきどきして、ぐさぐさと刺されたみたいになって、走れなくなってひざが曲がってしゃがみました。

 もう走れなくなって走るのをやめました。


 そーっとうしろを見ると、雨だけがザーザーとしていてだれもいませんでした。

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