第12話 食パンはちょっといまはねえ

 山に夕陽が隠れてしまいます。

 その山には家が建っていて、ひょっとして落ちるんじゃないかなあと見ているだけでハラハラします。でもずっとよそ見して歩くと危ないので、まっすぐ前を見て歩こうと気をつけました。


 歩くたびに木も道路も車も赤くて黒くなっていくので、口の中の上のところが押しつぶされたみたいになって声を出したら涙が出そうです。わたしはみぃちゃんをぎゅっと抱きしめました。

 歩くのをやめたらもっと黒くなりそうで、ちょっと急いで歩きました。車の明かりは、わたしなんて見ていないんだろうな。


 フライドチキン屋さんがあって、ふしぎな匂いが聞こえてきました。ふしぎだけどいい匂いです。お店の中は夕陽と同じ色だけど、夕陽よりも優しい色でほっとします。

 ちょっとだけお腹がすいたので入ってみようと思ったけど、入り口の横に立っている白いおじいさんを見て、さっきのけんりつかがくかんのかんちょうさんを思い出してこわくなりました。油断して入ってきた子供はフライドチキンにされます。みぃちゃんはわたしが守るって約束したので、油断はしません。

 それにここに入ってのんびりしていると、外に出たときにもっと暗くっていたらもっとこわいからです。

 みぃちゃんも入りたそうにしていたけど、わたしはそのまま通りすぎました。


 涙がぽろぽろこぼれてきても、わたしは歩き続けます。

 信号機の色が大きくなって、車の明かりもぼやあーってなって、道路の電気も十字になって見えて、ちょっときれいに見えたので涙をふきました。

 みぃちゃんの目も大きく見えました。


 ガタガタンって鳴ってびっくりしました。


 わたしもみぃちゃんもおどろいて動けません。前から急に自転車が走ってきて、目の前でぐりんと曲がって通りすぎました。車の明かりでちょっとだけ見えたタイヤのいっぱい細い棒が目に浮かんで、しゃがんでしまってしばらくこわくて動けませんでした。


「大丈夫だよ、大丈夫だよ」

 みぃちゃんをぜんぶ包むように抱っこして、みぃちゃんをはげましました。わたしがはげましているのに涙が止まらなくて、みぃちゃんは「にー」って言って肩に手を置いてなぐさめてくれます。

 肩からジャンプして真っ暗なアスファルトに下りると、とことこ先に進んで止まって振り返りました。わたしに「置いて行くよ」って言ってるみたいで、急いで立って歩きました。


 車は多くて明るいけど、建物がなくなってきて歩道は真っ黒になってきました。

 そんな中で赤と緑のコンビニがすごくまぶしく見えて助かりました。歩道になにかあってもつまづかずに済むからです。たとえばいきなり工事だったりとか。


 みぃちゃんは赤と緑のコンビニを見つけると走り出しました。駐車場が他よりも広くて、運動をするのにちょうどいいのかなと思って見ていると、コンビニの横でごろごろしだしました。わたしが近づくと、電気にむしが飛んでるのをじっと見ています。


 お母さんは「スーパーの方が安い」って言うので、スーパーで晩ごはんを買おうと思っていたけど、こんなに目の前にあったらついコンビニで買ってしまうお父さんの気持ちもわかります。それにスーパーだとみぃちゃんが迷子にならないか心配です。わたしでもなったことあるのに。

 お母さんがコンビニで買いものするのは『じだらクマ』のシールを集めるときだけです。前にお父さんがお母さんに買ってきたパンは、じだらクマのシールがなかったのでお母さんは怒っていました。わたしも気をつけて買わないと。


「ここで待っててね」

 みぃちゃんは首をかしげたので、もう一度「待っててね」って言って、頭をなでようとするとみぃちゃんは頭をわたしの手にすりすりして、わたしの手にすっぽり入ってきました。なんか手にちょうどいい。


 コンビニはついいっぱい買いたくなるので、まっすぐにパンのところに行きました。メロンパンがいいなあと思ったけど、たいてい上の方にあって見えないし、見つけたとしても手が届かないので下のところにあったパンを眺めました。


「食パンはちょっといまはねえ」

 わたしは自分で言っておかしくなりました。おうちには『ゴリィちゃん』のトースターがあって、それで食パンを焼くとゴリラの顔になります。そしてマーマレードをつけて食べます。

 ゴリィちゃんの顔だけのこして食べていると「遊ばないの」って言われます。


 そんなことを考えて食パンは買えません。食パンを見るとなんか泣きそうになったからです。


 代わりにスティックのパンを買いました。何本も入っているし『じだらクマの』シールも貼ってあります。みぃちゃんの『ちゅるる』ともおそろいみたい。

 シールはお母さんにあげたらよろこぶと思いました。


「百十円ですね」

 最後の「ね」ってなんだよって思いました。

「ふくろはごいりようですか?」

「ください」

 リュックサックから財布を出してお金を出しながら答えるわたしってけっこう大人なのかもしれない。

「レシートはいりません!」

 今度ははっきり言ってお店を出ました。自動ドアもちゃんと開きました。やったね。


「みぃちゃん」

「にー」

 みぃちゃんはわたしを待っていてくれます。それにくらべてお父さんとお母さんはきっとわたしの帰りなんて待っていないんだろうな。

 わたしの家族はいまみぃちゃんだけなんだ。


 世界中にわたしとみぃちゃんしかいなくなった気がしました。


 早くおじいちゃんとおばあちゃんに会いたいな。

 コンビニの明かりも車の明かりも涙でとけてしまって、歯の奥の奥がかゆくなって上を向いたら月もとけていって、でも月は大きくなっていて顔中に広がったのでみぃちゃんを見るとコンビニのふくろをガサガサさわり始めました。


 道路を見るとコンビニの明かりとは違って、真っ暗でこわくて吸いこまれそうです。道路の向こう側の山の木がざわざわゆれていて、なにかがゆらしているんじゃないかと思って隠れたくなりました。

「狭いところを探さないとね」

 コンビニの外の奥に行ってみると、すき間になって通れそうでした。


「ここで食べようか」

 みぃちゃんもちゃんとついてきて「にー」と返事をしました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る