第3話 教えてくれたらいいのに
学校に進むふりをしながら、ゆっくり歩きました。うしろから上級生たちが追い抜いて行きます。あんまり遅く歩くとあやしまれるので、とちゅうで曲がって時間をつぶしてから、また通学路に出たりして、みんながいなくなるのを待ちました。
公園にはひとりしかいません。ベンチの下のみぃちゃんだけです。フェンスから段ボールがそのまま置いてあるのを見て、安心しました。
昨日は公園の入り口にあったので、かくすために段ボールをベンチの下に引きずって移したのです。
タンスの引き出しみたいに段ボールを引っ張ると毛布だけが入っていて、みぃちゃんの姿が見えなかったのでびっくりしたけど、わたしの見間違いでした。みぃちゃんは毛布の中に包まってすみっこで「にー」って言いました。
大人だったら片手で抱っこできるかもしれないけど、わたしはちゃんと両手で大切に抱っこしました。みぃちゃんは赤ちゃんみたいにもう一度「にー」って言いました。
「今日から一緒に暮らすんだからね、ちゃんとしなきゃ駄目だよ」
みぃちゃんは返事をせずに腕から下りようとしたので、わたしはもう一度「駄目だよ!」ってはっきり言いました。少しきびしいかもしれないけど、言うべきことはちゃんと言ったほうがいいと思います。
わたしはみぃちゃんを下ろすと、ランドセルから湯のみを出しました。
「そこで待っててね、ついて来ちゃだめだよ」
とうげいたいけんで作った湯のみに水道の水をくみに行きました。家のコップを持ってきたのだと、なくなったらばれるからです。たぶんお父さんは気づかないけどお母さんは勘がするどいのですぐにわかると思って用心しました。
それに、この湯のみはおじいちゃんにあげるためにわたしが作ったものなので一石二鳥です。
わたしが水を持って戻るとみぃちゃんは手をなめて顔をこすっていました。顔を洗っているように見えて、やっぱり猫じゃないのかもしれないと思いました。
みぃちゃんが水を飲むまでのあいだ、しばらく考えました。おじいちゃんとおばあちゃんなら、一緒に暮らそうって言ってくれると思ったので、その前にぐしゃぐしゃな毛を綺麗に溶かさないといけません。そのときはわたしもおじいちゃんとおばあちゃんの子供になります。
みぃちゃんがベロで水を飲みだして、わたしは時間を無駄にしないためにランドセルからリュックサックを引っ張り出して背負います。教科書を持ってきていないので、もう学校に行かない覚悟を決めなければいけません。
みぃちゃんの代わりにランドセルを段ボールに入れてベンチの下に押してかくしました。
みぃちゃんはまだ水を飲みたそうだったので、腕に抱えながら湯のみを片手であげることにしました。
公園を出るときにみぃちゃんは寂しそうに「にー」と言いました。わたしも少し寂しくなったけど、弱音をはいてはいられません。
足をふみ出して進むと、車や電車の音が聞こえてきました。
このまちは四角ばかりなので丸いみぃちゃんの暮らせる場所はないのかもしれません。でもおじいちゃんとおばあちゃんの家はいなかなのでみぃちゃんも安心して住めると思います。
本当だったらもう学校に着いている時間です。わたしは足が冷たくなった気がしました。でも、のどの奥は熱くなって、とても悪いことをしている気がしてきたので、考えるのをやめました。なおさらここで帰るわけにはいきません。やるべきことをやってから怒られようと心に決めました。
友達はわたしがいなくなってびっくりするかもしれないけど、あとで手紙を書こうと思いました。
道路の少し先に、旗を持ったおじさんがこっちを見ていたので、わたしはあわてずに横道に入りました。急いで逃げるところを見られたらあやしいと思われて声をかけられると思ったので、おじさんが見えなくなってから思いっきり走りました。
しばらく走ると、くつのマジックテープがぶらぶらして足首に当たったのでそろそろ歩いても大丈夫な距離だろうと思いました。みぃちゃんがつぶれないようにしてしゃがむと、みぃちゃんはそのマジックテープのぶらぶらを手を伸ばしてつかもうとしています。
くつひももほどけないようにしっかりと結び直して、その上にマジックテープを貼り直しました。
「気づいてたなら、教えてくれたらいいのに」
みぃちゃんはあくびをしました。
みぃちゃんはまだ子供だからわからないと思うけど、これから初めての冒険が待っているので、まずは足元からしっかりしないといけないと気合を入れました。
「がんばろうね、みぃちゃん」
みぃちゃんは、またあくびをしました。
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