第4話 だいがくせいに見えるんだね

 今ごろ、クラスのみんなはさわいでいるかもしれません。先生のあわてている姿が目に浮かんで、ちょっと愉快な気もしました。

 お父さんとお母さんはわたしが家出をしたことにまだ気づいていないはずです。

 みぃちゃんは大人しくわたしの腕の中にいるので、今のうちに遠くへ行こうと思いました。


 家族で動物園とかきっずはーとランドに行くとき通りの道に行けば、こくどうに出れます。おじいちゃんとおばあちゃんの家はこくどうをずっと進んだ先なので、道は知っています。

 わたしは車に乗っているつもりで、こくどうまでの道を思い出しながら歩きました。


 歩道橋があって、その下の信号機を車が並んでいます。それを見てわたしはひらめきました。同じ道路なら、向こうに渡った方が見つかりにくいと思ったのです。

 わたしは歩道橋を渡って、向こう側を歩いて行こうとしました。

 みぃちゃんは階段を上れないかもしれないので、抱っこを続けることにしたけど、正直言うとちょっとは自分で歩いてくれないかなとも思いました。


 歩道橋から下の道路をながめると、車にずっと見られている気がして、反対側を歩くことにしました。半分まで進むと、今度はまた反対側から見られている気がして、もう一度その反対側を歩きました。

 みぃちゃんが腕の中でもぞもぞして、もし落ちたら危ないのでしっかりとつかみました。

 階段を下りるときに、みぃちゃんはツメを立ててブラウスのそでからするどいツメが中に入ってきます。痛くてみぃちゃんを一度下ろそうとすると、階段の下からお姉さんが上ってきたので、そのまま我慢して抱っこを続けました。お姉さんはわたしとみぃちゃんを見ていたので、わたしは見られていることに気づかないふりをして歩道橋を下りました。


 ひょっとしてお姉さんがついてきているかも、と思ってびくびくしながら振り返ると、だれもいなかったのでほっとしました。

 もしかしたら知っている人に会うかもしれないので、なるべく早足で歩きました。


 横断歩道を渡るたびに、だいぶ遠くへ来たんだなあと思います。

 交通ルールを守っていればみぃちゃんも安全だし、目立つこともないので、学校に行っていて良かったなあと思いました。

 ファミレスの前を通ると、おいしそうにトーストをかじっている人が窓から見えて、入ってみようかなとゆうわくされたけど、やっぱりやめました。いくら二千二百二十円持っていても、無駄づかいをしているとそのうちなくなってしまいます。

 みぃちゃんはあいかわらず、腕から逃げ出そうとしていて、今度はわたしの肩に上ろうとしています。わたしもずっと抱っこして腕が疲れてきたので肩ならいいかと思って、肩に乗せて歩くことにしました。

 みぃちゃんはツメで引っかきながら肩に上ったので痛い、と言おうとしたら、肩から飛び降りました。


 間違って落ちちゃったのかなと思って、すぐにわたしのところに来るはずのみぃちゃんは、そのままファミレスの方に走って行って姿を消してしまいました。

「みぃちゃん!駄目だよ!」

 わたしも走って後を追いかけたけど、みぃちゃんはいません。

 駐車場のどこかにいるはずなので、車の向こう側を見て回ったけど見つかりません。

 心配になって、お腹の上がもぞもぞして熱くなりました。


「みぃちゃん、怒らないから出ておいで」

 いくら呼んでも返事もしません。わたしが怒ると、こわくなって逃げるかもしれないので、泣きそうになってのどの奥がつぶれそうになりながら、できるだけ優しく呼びました。

 車の下をのぞいていると、みぃちゃんがいました。

「みぃちゃん、出ておいで」

 みぃちゃんはわたしと目が合うと、また走ってどこかに行きました。

 わたしは体を起こして「怒っていないよ」って言いながらまた探しました。


 ファミレスから出てきたお兄さんたちが、わたしを見ています。泣いていると思われると恥ずかしいしあやしいと思われるので、わたしは涙をブラウスのそででふきました。ちょっとだけみぃちゃんの匂いがして、雨がくさったように臭かったです。

「猫を捜してるの?」

 お兄さんが言いました。わたしは鼻がむずむずして、「はい」と言いながらくしゃみが出ました。鼻になにかついている気がしてつまんでみると、みぃちゃんの毛がついていました。そのあとも顔をふくと毛がいっぱい顔についていました。

「手分けしよう」

 お兄さんたちは「一緒に捜すよ」って言ってそれぞれ離れて捜してくれます。この人たちは猫が好きなんだなあと思いました。


 すぐにお兄さんの一人がみんなに手を振り出しました。

「こっち、こっち」

 みぃちゃんを驚かさないように大きい声を出さないようにしてくれています。

 お兄さんが指をさした階段の下に、みぃちゃんが寝転んでいました。

 こっちは必死に捜していたのに、なんだかのん気だなあと思いながら抱っこしました。

「良かったね、それじゃあ、気を付けてね」

 お兄さんたちはそのまま帰ろうとしたので、お礼を言わなきゃと思って「ありがとうございます」と言うと、にこっと笑ったので、ちょっとかっこよく見えました。

「だいがくせいですか?」

 大人だからだいがくせいかなと思って尋ねてみました。

「うん、そうだよ」

「わたしもだいがくせいです」

 試しに言ってみると、お兄さんたちは「そうなんだ」とみんな笑っています。

「それじゃあ、気を付けてね」

 そう言ってお兄さんたちは車で行ってしまいました。


「だいがくせいに見えるんだね」

 みぃちゃんは、またあくびをしていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る