金曜日

「おう、後輩。夜影ヨカゲはどうした?一緒じゃないのか?」

 葉論バロンの問いかけに頷き指さす。

 その指先を目だけで確認すれば、別の部員と何かを話している様子が見えた。

「と、いうかお前も来てくれたのか。夜影と応援頼むぜ?勿論記事もだが」

 コクン、と頷く。

 まったく喋らないのは葉論も承知だ。

 夜影以外には無口な才造サイゾウの声を、夜影無くして聞いたことがない。

 夜影が相手ならば、普通の人並みに喋るのだが。

 バスケットボール部の部長である葉論はそれだけの会話でコートへと戻った。

 こっちもこっちでまた、合同試合だ。

 昨日はバトミントン部だった。

「バロンさん、頑張って下さいね!」

「おう、ありがとうな。あぁ、後でお前らも参加するか?」

「え、それって大丈夫なんですか?」

「嫌いだったか?」

「いえ、そういうわけでは、」

「じゃ、頼む」

 返事を聞かずに部員たちの方へと戻っていった。

 勿論、尊敬している先輩のアレコレを断れない夜影は、結局 おうとしか返答出来ないのだが。

 それをわかっていて、葉論は返答まで聞かない。

「今、お前って言ったか?」

「才造、またお願いね」

「任せろ。ワシはバスケが一番得意だ」

「ならバスケ部行けば良かったのに」

「行かん」

 特別にベンチでカメラを構えつつ目を凝らす。

 カメラを手にするのは才造だ。

 中学時は、新聞部なんて無かった。

 だから帰宅部を決め込んでいた二人だったが、人手不足となれば必ず参加していたこともあって、スポーツに苦手もなければ、やったことがないものでもルールさえ知ればあとは皆の動きを見てだいたいが出来るくらい、有能だった。

 二人が苦手とする部活といえば、英語部だ。

 共通して英語が苦手。

 夜影は基礎から危うい始末だが、才造は基礎は兎も角といったところ。

「あぁ、やっぱり運動してる男子ってカッコイイよねぇ。顔は兎も角。」

「そうか?」

「うん、一生懸命やってるの見てるの好き。飽きない。サボってる奴とかは見てると萎えるけど」

「それはわかる。邪魔だよな」

「うん、本当それ。居ると邪魔なんだよね。コートから出てって欲しいくらいに」

「そもそも来るなって思う」

「あー、わかる!本当要らないよね」

 二人が遠慮なくそういう会話をするものだから、近くにいるバスケ部員たちは目を背けた。

 一部は、真面目にやってない奴らで、その辛辣さに刺さったが、もう一部は[なるほど]と思わされたのだった。

「新聞部のわりには良いこと言うじゃねぇか」

「副部長さんじゃないですか」

「おう」

「なんでベンチ居るんですか」

「俺は足が悪いんでな。完治するまでベンチだ。悔しいが」

「あらま。なんか残念です。早く治して下さいよー?」

「ははっ、ありがとなー」

 試合終了の合図が鳴った。

 前半はこれで終了となる。

 葉論は二人に手招きをする。

「後半戦、出てくれよ」

「はい!」

 バスケットボールは初心者じゃない。

 むしろ才造は得意だ。

 夜影といえば、得意でもなく苦手でもなく。

 試合開始の合図が鳴って、敵がボールをパスしつつ攻めてくる。

 夜影はトットットッ、とリズムよくカーブを描いて走り込み、敵がパスしようとする瞬間とタイミングを合わせた。

 ボールが手から離れた時、加速して丁度中間でジャンプ、ボールを両手で掴んで綺麗に着地すると素早く才造へ。

 才造は速いパスを片手で受け取って、すぐ目の前の敵を器用にかわしチラと先輩を確認、背後にも気配を感じ取り、足を止めることなく前へ攻める。

 才造よりも少しだけ背丈が上な先輩に怯むことなく、睨み付けながらもこの距離ならばとモーションでフェイントをかけてかわし、ジャンプ、ボールをゴールへと飛ばした。

 大きく山なりにボールは曲線を描いてゴールへと向かう。

 才造が舌打ちしたのに気付いた葉論は、失敗かと思いフォローへと動いた。

 ガン、とゴールのふちに当たって真上に跳ねたボールを皆が凝視する。

 入るな、という思いと、入れ!という思いがそれぞれ向かう。

 しかし、ボールは敵を裏切りながら雑に点をこちら側に入れた。

「よし!」

「ナイス!後輩!」

 先輩が才造に向けてそう言いながら笑った。

 夜影は見惚れて、[あぁ、やっぱり運動してるとこが凄いカッコイイ]なんて小さな声で呟く。

 それは誰の耳にも入ることは無かった。

 と、あまり動いていないよう見える夜影は、体力温存の為に動く範囲を自分で限っているからだ。

 コートの半分の敵側、つまり自分らが攻める方は行かないが、味方側、つまり敵が攻めてくる方はガンガン動くつもりでいる。

 というのも、夜影が好き好んでやることは相手からボールを奪うことのみ。

 邪魔する、奪うのが楽しいから向かってくるのを待ち構えているのだ。

 逆に才造はガンガン攻めたいタイプであるから、ボールを渡されたらゴールまで極力運びたい。

 だからコートの半分の味方側には行かないし、それこそ夜影からのパスを待ち構えている。

 葉論は舌打ちの意味がわからず首を傾げたが、次の合図で切り替える。

 今度は葉論がボールを手に進む。

 それを遮るのは向こうの高校の部長だった。

 フェイントをかけて抜けようとするが、流石に抜けきれずそれでも意地とばかりに上手く下がって体勢を整える。

 伸ばされる手を避けつつも、そんな光景を見ていた夜影が退屈だと溜め息をつく。

 そんな張り合いを打破したい。

 夜影は才造に指差しで向かうように示す。

 その先は才造なら距離的にゴールを打てる地点で、尚且つパスを出しやすい地点である。

 しかし、素直にその指先がそこに行けとは言うわけがないのを、才造は知っていた。

 その行動を見ていた敵がその地点を埋めようと動くのと同時に才造はその地点とは真逆だが同じような状況へと変化した地点へと素早く移動する。

 葉論の視界に自然と入る才造へ、最後相手にフェイントをかけながら低いパスをかけた。

 才造はボールを片手で受け取ると、前へと攻める。

 だが、それを阻止するべく背の高い先輩が二人、ゴールさせてたまるものかと迫るのに睨み付けつつもゴールへは打てないと正しく判断して斜め後ろへとパスし戻す。

 ベンチから応援の声が響くが最早もはや聞こえてはいない空間が出来上がっている。

 先輩が受け取ったが、向こうの部長に奪われるのを見届けて才造が後ろに目をやった。

 まるで、[次はお前の仕事だ]というような目だ。

 半分、を過ぎる時には夜影がその部長の前で笑みを浮かべて進ませまいとする。

 フェイントをかけようとも、夜影がそれに引っかかることもなくそれどころか狙って手を伸ばすものだから、後ずさった。

 後ずされども夜影は遠慮も何もない。

 ただ、そのボールを奪えれば、ただ邪魔さえ出来ればいい。

 諦めてパスを回せば夜影はボールを追って食いついていく。

 取られるかというギリギリでボールを受け取って走った敵に、夜影の全速力は追いつく。

 直ぐに目の前へと回り込むのは、たった一人を相手にしているというのに、驚くべきしつこさだ。

 何故、夜影以外が関わってこないのか不思議だったが、それは葉論が行くなと指示を出したからだった。

 夜影の邪魔になってはならない、ということだ。

 しかし、敵はそれを良いことにパスを回して素早くゴールへとうった。

 入る、と思って笑みを浮かべた彼らの視界には、才造と夜影の協力プレーが入り込んでいた。

 走り込む夜影に、才造がバレーで見るような構えをして待っており、夜影の足がその手に乗った瞬間のこと、才造が思いっきり振り上げ飛ばす。

 それをバネとして高く跳び上がった夜影はボールをキャッチして空中にいる間に葉論へ目掛けてパスしてから丁寧に着地した。

「そんなんアリかよ!?」

 そういいつつ急いで走るも葉論は綺麗な山なりのゴールをきめた。

「マジかよ、、、」

 今まであんな阻止の仕方は見たことない。

 審判だって驚いてるが、別に違反ではないと得点板に点を追加した。

「普通しないだろ」

「だって、あれ、バスケ部じゃないんだろ?後輩だろ?」

「ヤバいな。逆転するぞ!」

 敵の会話を聞くと、夜影は余計にテンションを上げる。

 絶対に点を取らせてやらない、という気持ちでいっぱいだ。

 才造も、勝つ気でしかいない。

 試合の終了を告げる合図がなる頃には、汗をかいて皆疲れきっていた。

 だが、新聞部の二人は疲れを知らないかのように元気のままハイタッチなんてしている。

「お疲れさん!」

「あぁ」

 部長同士は握手して、新聞部である二人について小声で話していた。

「一年、、、だよな?新聞部って聞いたんだけど」

「あぁ、俺がバスケ部の記事を頼んだ。そのついでに試合に出てもらった」

「舐めてた。まさかあそこまで食いつくとはな」

「だがまぁ、練習にはなっただろ?」

「サンキューな。おかげで俺たちの穴が見えたわ」

 控えめに笑い合う。

 それをカメラにこっそり収めておく才造と、もう記事に取り掛かる夜影にその部長二人が気付くことはなかった。

「さて、帰りますか!」

「だな」

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