火曜日

 二人の喧嘩は次の日まで持ち越されることは無く、気まぐれな夜影ヨカゲが喧嘩の言い合いに飽きたところで終了した。

 終わるまで数時間を要したが、それまで一切部室から出ることもなく、誰も踏み入らず。

 夜影と才造サイゾウの喧嘩による不機嫌が長続きすることはない。

 一時のネタくらいまた収集出来るし、また別の面白そうなネタさえ仕入れることが出来れば簡単にご機嫌になってしまう夜影と、そんな夜影の機嫌取りをする必要もない上に機嫌が直るのを待つほど長くないに加えて、夜影が近くにいれば妨害さえされなければどうでもいい才造だ。

 他人の喧嘩と比べれば一瞬で仲は戻る。

 少々長い言い合いさえ、夜影が飽きて終わりになれば一瞬。

 仲直りなんて計る必要もなく掌をひっくり返したように自然とまたいつも通りの波に乗る。

 だから周囲を困らせる馬鹿とも違うし、部室からお互いに出なかったのは実はある配慮からだった。

 わざわざその場でキレるほどの喧嘩内容じゃないわけだから当然だったのだ。

 その場で言い合いを始めれば周囲に迷惑を与えることになる。

 そもそも喧嘩はそうそうしない二人で、その場でする喧嘩なら言うほどではない。

 その場でキレてしまうのであれば声を使わない極めて静かな喧嘩を始めるからだ。

 目と目の会話が可能なほどの仲であるがため、殺気さえ含まれていそうな鋭く冷たい空気を作り出しながら無言の睨み付け合いの喧嘩となる。

 その空間に足を踏み入れれば、保健室行きもまぬがれないだけでは済まされない。

 別に、二人が直接的な何か危害を加えに動くことはしないのだが、その空気に耐えられず体調を崩す等が起こってしまうだけである。

 それでもその喧嘩もまた、終了もそこからの仲直りも早い。

 喧嘩ばかりに集中してはいられない、とばかりに。

 喧嘩を終わらせるのは決まって夜影で、無駄だとわかっているのも一因で飽きてさっさと別に移ってしまう。

 負けず嫌いではあるものの、負けだと本人が思わない限りはそういうものだ。

 それも、才造との喧嘩だ。

 いつまでも続けられるほど嫌いだったりするわけじゃないし、いつの間にか好きだからとその鋭い目付きやらについ心が動く。

 だが、それは才造も同じで、夜影が飽きる頃合いには才造も夜影のあれやこれやに心動かされ段々喧嘩を続けられるほどじゃなくなる。

 そんなわけで、お互いにそれほど惚れていて、喧嘩はいつも平和に終わり、周りは溜め息を吐かざるをえないのだった。

 さて、新聞部の二人の仲といえばそうなっているが、吹奏楽部に早々と所属した転入生の輪丸リンマルは夜影の、喧嘩からでもない不機嫌に気付いていた。

 喧嘩のモノでもない不機嫌が珍しく途切れることがないのを周囲の生徒は不思議に思っている。

 輪丸が夜影に歓迎されていないのは、本人だって流石にわかる。

 露骨なまでに避けられて、笑みさえ見せないのだから、察してしまうのだ。

 保育所から小学卒業までは、べったりくっついてこれでもかというほど仲が良かったし、親友だと思っていた幼馴染みが、中学が別になっただけで今度は才造という無口男子に盗られ、尚且つ夜影は自分を避けるまでに嫌がるなんて信じられないし悲しい。

 そんな輪丸の話を聞いて、同じ吹奏楽部の昼中ヒルナカはどうしたものかと一緒に考えた。

 そこで、新聞部なのだから吹奏楽部の記事を書いてもらえないかと依頼してみてもいいのではないか、という案が浮かんで実行に至る。

「ねぇ、夜影!」

 ノックもなしに輪丸と共に部室へ入れば、二人は顔を上げてその二人を見て顔色を暗くした。

「ノックくらい、してよね」

 夜影の冷ややかな声に怯むことなく昼中は依頼をぶつけた。

 才造は夜影以外には喋らない無口なので、何も言わない。

 夜影は依頼と聞いて来客用ソファーに座るよう指示して、黒いメモ帳とペンを構えて詳しく記事にして欲しい内容を言うようにと言った。

 もう、仕事の顔である

 それは感情を含まない、人間関係も何もかも壁を取っ払ったまさに「無」を表す。

 勿論、こうなれば輪丸がどうとかいうことはない。

 その切り替わりは瞬きすらさせない速さだった。

 昼中は募集と部活内容は勿論のこと、今後控えている企画等、様々な内容を伝えた。

 すると、夜影はそれを高速でメモしてどういう雰囲気が好ましいのか、等の細かい注文があるならば、と構える。

 それについては昼中は、明るければいいからと任せると言った。

 それに頷くと今すぐに取りかかる。

 完成までに至らせるのではなく、だいたいの記事の感じを下書きとして依頼者に見せそれで良しとなれば後日完成した記事を見せるといった運びになる。

 立ったまま、器用に下書きをさっさと書いて見せれば、嬉しげに頷くので夜影は完成したものを後日吹奏楽部の方へ持っていくと告げた。

 昼中が不在であった場合の代理人を出来れば決めて、何か用事がある時にその代理人を残して行くようにしてほしい等と、まさに仕事人的セリフを軽々と真面目に言った。

 昼中は二度頷くと、一切口を開く隙間もなかった輪丸を連れて出た。

「これでいいの!」

「え?これだけ?」

「そう!代理人は貴方ってことにして、受けとるのよ!そしたら、話せるんじゃないかな?」

「つまり、きっかけ、、、?」

「頑張ってね!」

 そういうと吹奏楽の練習へと移った。

 輪丸は礼を言うと記事の完成を待った。

 それは早かった。

 丁度昼中がいないタイミングで、夜影は現れて開いたドアを軽くノックした。

 こういうところもちゃんとしていて、いきなり声をかけるということはしない。

 開いていようがいまいがノックくらいはするものだ、と思っている。

「依頼された記事が完成致しました。昼中さんはいらっしゃいますか?または、その代理人の方」

 仕事感覚であるがため、丁寧にそういう。

 こんな夜影を尊敬する先輩だっているほどだ。

 輪丸は急いでそれに答えて夜影の前へ出た。

 しかし、仕事に感情は含まないのを自己ルールとする夜影は一切表情を変えなかった。

「確認頂けますか?もし、何かありましたら今。時間がないのであれば今日中に部室へお願い致します」

 そう言いつつ封筒を渡す。

 これまた丁寧だ。

 たとえ同クラス、友人等であってもこんな丁寧に対応する人は中々居ない。

 封筒からそっと記事を出して、読めば夜影の腕に驚く。

「えっと、」

「あぁ、他の方に確認する必要があるのでしたら、後に返答だけお願い致します。それでは」

 一礼してから、クルリと背を向けるので慌てて輪丸は夜影を呼び止める。

「どう致しましたか?」

「あ、いや、記事のことじゃないんだけど、」

「なら、今忙しいから後にして」

 仕事は終わったとばかりにぶっきらぼうな返答を残してそそくさと廊下を歩いていった。

 輪丸はその冷たさにしばらく呆然とした。

 ショックだったのだ。

 もしかして、自分のことを夜影は忘れてしまったのかもしれない。

 たった三年だ。

 それでも、忘れてしまうほどにその三年間を満喫していたとしたら?

 自分なんて頭の片隅にすら残ってないかもしれない。

 落ち込む輪丸を、慰めるように吹奏楽部の先輩が肩に手を置いた。

 この先輩もまた、輪丸の話を知っているのだ。

 それでも先輩の一番の目的はその手にある記事であった。

 記事をスルリと取ると読んで目を輝かせた。

 そして、返事はしておくから、と言って引っ込んでしまった。

 その小さなきっかけさえ奪われる。

 そんな心情は察する気にもならない夜影は、別の記事を掲示するべく掲示板を巡り歩いていた。

 各教室と、廊下の掲示板、そして職員室や校長室、事務室に。

 それから、最後に生徒会室。

「おお!持ってきてくれたのか!今から丁度取りに行こうと思ってたところだ!」

「一応掲示用と予備、それと生徒会人数分。確認は数回致しましたが、間違い等がございましたら、後程、」

「わかってる。丁寧にありがとな。」

「それともう一点。吹奏楽部の依頼で書いた記事ですが、吹奏楽部の返答次第ではまた、」

「そうか、なら誰か一人はここに残すようにはしとく」

 遮り遮り、返答する生徒会会長も夜影の言うことはわかっているので慣れたように返す。

 必ず記事を持ってくるのもわかっている。

 そうしてくれ、と頼んだのはこの会長だからだ。

「それでは」

 一礼すると夜影は颯爽と居なくなる。

 受け取った記事の枚数を確認してから、内容を皆で読んでいく。

 嗚呼、今回も面白い!

 そんな声も絶えることはないのだった。

 記事を配り終えたら部室へ。

「吹奏楽部に行ったのか、アレ」

「うん。」

「こっちに来なくてよかったな」

「入部条件満たせないんだから同じよ」

 アレ、と言い表されたのは輪丸で、こっち、というのは新聞部のことだ。

 入部条件というのは、部員と顧問の教師で取り付けたその部活へ所属する条件だ。

 新聞部の条件は、顧問であるセツと考えたわけではない。

 雪はただ良しと許可を出しただけであって、条件は夜影単独だった。

 新聞部の部員数はたったの二人。

 今年出来たばかりで、部員募集もかけていない。

 夜影と才造が他の部活に興味を示せずしかし何かしら部活動をしたいがために、担任に顧問を頼んで新設したものであったのだ。

 故に部長はほとんどの記事を手掛ける夜影、副部長として才造の二人だけ。

 条件というのは、

 一、新聞に興味があり、実際に読んでいる者

 二、ネタ収集が可能で記事を書く環境を持っている者

 三、他の部活動に所属していない、またはしているが余裕がある者

 四、、、、、。

 など、都合のいい部員のみを求めた条件である。

 ただ、本音としては余計な部員は要らないし、二人で事足りる内は誰も来なくていいというもの。

 それに、所属を許す前に夜影がその人のことを勝手に調べ上げてからのその人とその所属についての話をした上での顧問の雪へ入部届けを出させるといった流れをつくる。

 雪も夜影のことをよくわかっているので、夜影がその段階を踏んでいないのに関わらず入部届けを出してきた生徒には、待ったをかける。

 そして夜影へ一旦パスして流れに乗せる。

 夜影や才造目当てで最初は殺到したが、冷たく門前払いを受けた生徒や、夜影の調べ等で駄目だと判断された生徒等々が溢れたので流石に静まった。

 しつこく来る生徒に、新聞記事に対する熱意を、聞く気もないのに喋らせるなどをして跳ね返した。

 一度や二度ならちゃんと判断するが、三度四度となれば名前だけ見て跳ね返す。

 全員のくだらない理由からの入部願望にいちいち構ってられない、とばかりに睨み付ける。

 輪丸が雪に入部願望を伝えた時に、そういった話を告げてから別の部活へと行かせていたのもあって、夜影の前に輪丸の入部届けが現れることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る