月曜日

 欠伸を噛み殺しながら、夜影ヨカゲは席に着く。

 鞄から筆箱とを出しながら、未だに消えない眠気に目を伏せがちだ。

 そんな夜影の隣の席で、既に朝の眠気に負けた才造サイゾウが静かに机に伏せている。

 騒がしい教室内で、静かに、極めて静かに二人は同じように机に伏せた。

 チャイムが鳴ったとしても、起き上がるのはまだ先だ。

 そんな二人を眺めながら噂話に花を咲かせる生徒達は、飽きもせずまた二人を羨んで見ている。

 或いは、爆発してしまえ、などと憎んで。

 そう、この二人は最近付き合ったばかりの所謂リア充というものである。

 だからといって、お互いに今日は朝からイチャつく気分じゃない。

 酷く眠たいのだ。

 予鈴のチャイムが鳴ったのを合図に、半分の生徒の動きが変化する。

 もう半分は、お構い無しにギリギリまで話を続けるのだ。

 いつもの事である。

 二人が眠いのは、どちらも夜更かし若しくはオールしているというなんとも自業自得な理由からであり、それ以外で寝不足になる理由は行事か何かがない限りは、滅多にない。

 教室に担任である、セツが足を踏み入れる。

 その瞬間、気温が大幅に下がったのは、決してこの教師がそういう類いの感情を持たれるようなタイプというわけではない。

 ただ単に、そういう体質を持っているだけだ。

 何故なのか、それを知るのはきっと夜影と本人のみだろう。

 先ずは号令のせいで、才造が目を覚ます。

 夜影を起こすわけでもなく、そのまま号令を済ませると、担任から連絡事項を知らされるのだが、そのタイミングでやっと夜影は目を覚ますのだった。

「転入生が来たのは知っておるな?」

 そうさも知っているのが当たり前だというように言ったのには、新聞部である夜影の耳には既に入り込んだ後であり、その詳細等も勿論彼女の脳ミソに漏らすことなく記憶されているが故に、それについての情報がざっくりと広まっているのをなんとなく知っているからである。

 教師が知っていて、夜影が知らないということはありえない。

 寧ろ、夜影が教師達よりも先に調べ上げていて、教師の知っている範囲内に収まるほどじゃないのだった。

 ただ、この転入生についてはあんまり夜影は良くは思ってないらしく、新たな記事のネタにご機嫌になるという顔は一切なかった。

 ここは二組だ。

 この教室に転入生が紹介さえされないということは、他の組に入れられたということだ。

 夜影に聞けば一発だろうが、気分屋なところもあり、相手をからかっては教えないということもちょくちょくあるし、そもそも転入生について良い顔しないのであれば余計に喋ろうとはしないだろう。

 だったら、そこにいる奴に聞くか、見に行けばいい。

「転入生は違う組ではあるが、不慣れであろう。慣れるまで、上手く付き合ってやれ」

 それだけだった。

 夜影の不機嫌そうな鋭い目は、本人にその気がなくとも睨んでいるとしか見えない。

 中性的な声色と、顔立ち、そして口調等が故に才造が入学して間もない内に告白に至るまで、ずっと女子なのか男子なのかと密かに揺れていた。

 制服ならまだしも、自由な私服であるがため、判断が中々出来なかったのだった。

 彼女が女子であると判明したのは、才造の告白のおかげであるが、未だに本当は男子だったりするのではないか、なんて声が飛び交っている。

 本人に聞けば、こうとしか返さない。

「中性、でいいんじゃない?ま、好きな方を選べば?あんたが男子って思うなら男子だし、あんたが女子だって言い張るんなら女子だよ」

 これ以上も以下も言わない。

 上手いこと中間をとった答えである。

 そんなことはどうでもいい。

 自分が決めることでもないし、体の構造、性格の問題なんざ言ったって、最終的には見て聞いて判断するのは自分じゃない。

 だから、どっちでもいいし言う必要も意味もないし、無駄。

 それが彼女の言い分である。

 勿論、一応女子であり体の構造も女子、性格も女子の方に傾く。

 才造が実際に告白前に確信を得るために彼女の裸体を覗いていたのは、流石の夜影でも知ることはなかった。

 そして、転入生について良くは思ってない夜影の手によって、それについての記事が作られることはなく、それを待ち望んでいた者はそうなのだと理解し、後日才造の手によって書かれた雑な記事を読んだ。

 夜影の記事は大変人気ではあるものの、夜影がそのネタを極めて不快であると感じた場合のみ、記事を書かない。

 勿論、不快であっても生徒や教師が飛び付くほどに質の良いネタであれば、部活の存続の為に記事を書き上げる。

 そんな夜影のたまにある書かない時だけ、才造がそのネタを使って記事を書き上げる。

 三組の転入生を一目見ようと集まる生徒を、邪魔だと睨み付けながら、その目だけで人を退かせ廊下を進む夜影の横顔を見た転入生は驚いた。

 嗚呼、こんなところで再会出来るとは!

 なんて感動の再会なんて訪れず。

 夜影は既にどんな奴か詳細を入手した上で極めて不快だと思ったのだからソイツにはチラとも視線を移さないでさっさと足早に廊下を通り抜けた。

 夜影は今忙しいのだ。

 常に新しい何かしらのネタを求めて、生徒会、職員室、校長室、事務室等々全てを周り続ける。

 勿論、そこら辺で喋る生徒の会話だって聞き逃さない。

 イライラとしながらもそんなくだらないことばかりに頭を持っていかれる暇などないのだ。

 夜影は好き嫌いがハッキリしているし、人それぞれ対応が少しでも微妙に違ったりもする。

 営業スマイルは好かれるが、彼女はどうやら魅力的らしく笑もうが怒鳴ろうが好まれる性質だった。

 彼女が苦手とするものは、恋愛。

 それ以外なら余裕を持ってやってのける。

 告白された時も、笑うでもなく喜ぶでもなく。

 ただただ困り果てて、どうしたらいいかわからず悩んだ挙げ句、焦りからか何一つわからなくなってパニックさえ起こして泣きだしてしまった程だ。

 泣きながら、馬鹿だの嫌いだのと散々弱々しく言った後に、抱きついたまま今度はそれを嘘だと言って泣きじゃくり続けた。

 こんな余裕もない顔でそんな様子を見せることに驚きはしたが、満足はした才造だが、流石の新聞部である二人でも、自分をネタにはしたくない。

 だから、いくら人が飛び付く内容であっても記事にはならなかった。

 夜影が困惑するのは恋愛等そういったことばかりで、その他では中々見れない。

 中々そういう動揺等をしない分、そうなったときが酷いのだった。

 もし、告白されてNoと答えてしまうのなら泣きじゃくったりしないのだが、それがYESだったのだから仕方がない。

 朝っぱらからイチャイチャしたりしない二人も、昼になればべったりくっついて屋上か部室か教室で昼食と昼寝、もしくはやっとイチャつく。

 昼休憩が終わればまた冷めたようにそれぞれ好きにするし、放課後になれば才造の方から向かっていく。

 このカップルはどうやら才造の方が重たいらしい。

 独占欲も強いし、多少強引なところもある。

 嫉妬ヤキモチも多々あるが、それをいちいち理解したり察したりはしないのが夜影である。

 何故才造が不機嫌になっているのかわからない、という顔をして宥める。

 夜影に対しての好意は異常を呼ぶが、才造も密かに好意を持たれている。

 故に二人が付き合うこと、、、いや、それよりも夜影と才造が誰か自分以外と付き合うことを酷く憎む奴もいた。

 夜影の場合だと、バレンタイン等で貰う贈り物には異物混入、体液混入等の問題の品が多く、困っているのだ。

 勿論、そもそも夜影は警戒心が人一倍強く、一度疑うと徹底して調べ上げて安心するまで睨み続けてしまうせいで、一度初めてその被害に会ってからは一切そういった贈り物を受け取らないし、送られれば慎重に処分していた。

 土産であれども一切信用はしていない。

 才造が困っていることといえば、今ではなくなったが、少し前まで妨害を受けていた。

 夜影と一緒に居るときに、イチャイチャしようという時だったりそうじゃなくても何かしらの妨害が必ず入った。

 それでも夜影は何とも思っていなかったし、寧ろ妨害だとは認識していなかった。

 やけに絡んでくるなぁ、くらいの感覚でいたものだから追っ払うことも何もしなかった上に、一緒に喋ったりなどしていた。

 そんな夜影に、仕方ないと我慢をしていた才造だったがプッツリとその我慢の糸が切れてしまい、思いっきりキレた。

 キレた勢いで、妨害してくる輩を押し退けて夜影に口付けしたのだから流石に周りは引いた。

 夜影も突然キレる才造に意味がわからずただ怯えながら宥めようと徹していたら、今度はいきなり口付けしてくるのだからしばらくは才造から距離を置いて様子を伺うという始末だ。

 距離が空いたことにより、才造の機嫌はますます悪くなり、荒れてしまって妨害に徹していた奴も皆揃って夜影に頭を下げて頼み、才造の機嫌を直して貰った。

 そんなこんなで今では、才造だけは解決している。

 夜影も流石に相手の好意からくる狂った贈り物について一度不機嫌が最高潮になり、受け取ったと思えば床に叩きつけた。

 そして他のも同様荒く扱い、踏みつけ睨み付け、処分した。

 ただ、性格が現れるというか、どれもこれも平等に同じことをしたのだから、自分だけなんて思わせない配慮の細かさはまた密かに外野に高い評価が上がっている。

 さて、そんな二人だが珍しく喧嘩をしたのだ。

 才造の嫉妬が産んだ問題について流石に困りものだと思ったのだ。

 そうなんでもかんでも相手を跳ね返されては困るのだと。

 夜影としてはネタを得るチャンスであり、普通に喋っているだけの感覚だった。

 しかし、才造は気付いていたのだ。

 夜影にまた良からぬ想いで近付いてきていたのだと。

 それを知るわけもない夜影は、折角のネタを逃して不機嫌なのだ。

 毎回、毎回、どうしてくれんのさ!と鬱陶しいとばかりに怒る。

 しかし、才造からすれば何故気付かないのか不思議だとばかりに言い返す。

 それを延々と続けても終わりは見えず。

 同じ部室に居ながらも、決してどちらも出ていかないところ、そして一歩も引かないところも、負けず嫌いな夜影と独占欲の強い才造の性格だ。

 指一本だって触れさせたくないし、そんなそこら辺の奴に手を出されて堪るかという気持ちで一杯なのだ。

 だけど、夜影は自分よりもネタや記事が最優先。

 それがぶつかり合うと中々終われない。

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