第8話:叛逆の牙


 眼前に、銀翼のガーディアンが倒れ伏している。

 その脚にはがっしりと太い鎖が絡みついており、黒いスーパー級ガーディアン〈ウルトラワルシュタイン36サーティシックス〉が悠然と見下ろしている。

 恐らく、第三者の目で見れば、完全に勝敗が着いたと見えるのだろう。


 36機もの合体を果たしたガーディアンは通常のスーパー級ガーディアンよりも遥かに巨大であり、足元に転がる小柄なファンタズム級ガーディアンなど、踏みつぶせそうなほどに小さい。


「……貴様、いつまで実力を隠している?」


 黒い少女はまったく不機嫌だった。

 勝ち誇る事は彼女の人生における美酒に違いないが、手を抜いた敵に勝つなど不愉快極まりない出来事だった。


「私を嘗めるな、フォーチュン!とっとと貴様の全力を見せろ!……叩き潰してくれるッ!」





 少女の咆哮を耳朶に響かせながら、エステルは思った。


(参ったわね……)


 勝ち誇った相手が大技を仕掛けてくると踏んでいたのだが、相手はまったくその手に乗ってくれなさそうだった。


 相手が読めない。

 操縦技術といい、戦術といい、天才的な頭脳か――または、まったくの素人でなけば思いつけないようなものばかりだ。


 とはいえ、このまま倒れ伏しているわけにもいかない。



『加護』と呼ばれる、リンケージの精神エネルギーとガーディアンのAL粒子が引き起こす超常現象。

 それは無論、エステルの駆る〈ハイペリオン〉も使用できる。

 狙っていた必殺手であるファンタズム級ガーディアンの加護――〈タケミカヅチ〉。

 ガーディアンの装甲であるALTIMAへのダメージを瞬間的にAL粒子へ変換し、刃を形成し、超光速で反撃を行う。


 ダメージを変換する都合上、どうしてもこちらが攻撃を受けねばならない。だが、大技をあえて受けて見せることにより、特大のダメージを相手にも与えることができる。


 ファンタズム級ガーディアンは自己の損傷を回復させられる機体が多いという利点から、この加護はまさに肉を切らせて骨を切る――そののち、何事もなかったかのように戦闘に復帰するという状況へと持ち込めたはずだった。


 だが、相手は加護を含めたファンタズム級ガーディアンの特徴を知っているのか、それとも直感で気づいたのか、こちらがあえてダメージを受けようとしていることを見抜いてしまった。



「貴様がそのつもりであれば――もうよい。この基地ごと消し飛ぶがいい」


 少女が何をしようとしているのか、エステルには分からない。

 ただ、何の根拠もないハッタリを言うタイプでも無いということは予感した。


 おそらくは、高火力兵器を使用し、基地ごと攻撃をするつもりなのだろう。今までは加減していたのか、小回りが効かないのかは不明だが、このまま倒れ伏していれば、その攻撃を見送ることになる。

 当然、そんなことは看過できない。

 自分はこの基地を、基地の人間を守るリンケージなのだから。



 しかも、今の言葉を信じるなら、基地もろともガーディアンを破壊しうるような兵器を搭載しているということになる。

 そうなれば〈タケミカヅチ〉を使っての反撃どころではない。基地が破壊されてしまっては元も子もない。


 狙っての事か、はたまた偶然なのか――この少女は、こちらの切り札をあっさりと封じてしまった。


 つまり、このまま戦闘を継続するしかない。

 なんとかして早くこの鎖の呪縛を解き放ち、騎士の如く戦うしかない。


 しかし、一対一でスーパー級ガーディアンに勝てるものなのだろうか――。


 冷や汗が流れる。




 あの黒い機体の装甲に、闇夜を見出してしまう。


 あの何の意味も無い、勇戦苦闘を思い出してしまう。


 あの艦長が示した、最期の勇気を思い出してしまう。




 暗澹たる気分を打ち壊すように、轟音が響き渡いて黒い機体がつんのめるようによろめいた。

 一瞬のことだったが、要塞を思わせるような黒い装甲に2本のビームが突き刺さるのをエステルは見た。


「何奴ッ!」


 少女は怒りを隠そうともせず振り向いた。

 エステルもその方向をモニタする。


 レーダーに感あり。2つ。味方機。防衛軍。相対距離は30。


 防衛軍のミーレス、ファルコンII。

 先ほどの攻撃は、彼らによるものか。


 個体の識別はできないが、どう考えても荷が勝ちすぎる相手だ。


「逃げなさい!」

 通信がつながっているかどうかはわからないが、彼らに向かってとっさに叫んだ。


「勇敢な羽虫だな……ならば勇敢に、死ねッ!」

 少女は躊躇もなく慈悲もない。左腕を無造作にファルコンII達に向けると手を軽く開き、ファルコンIIに向けている。

 腕部になんらかの武器が装備されているのだろう。そしてそれは、きっとひどく大雑把で――大火力の武器に違いない。


 新たにレーダーに反応がある。

 それは信じがたいことに、エステルの――〈ハイペリオン〉の、側面からだった。


 だが不思議と、敵機の奇襲ではないと直感した。あの黒い少女は、たとえ悪辣ではあっても、卑劣と取られるような振る舞いを行うとは考えにくいからだった。ああいう手合いは己の犯罪に異常なまでの美学がある。


 現れたのは、やはり防衛軍のファルコンIIだった。だが、エステルの知る限り、ファルコンIIにはレーダージャマーの類など装備されていない。

 おそらく動力を最低レベルまで落とすことで、AL粒子の散布を最低限にまで落とし、レーダーに引っかからないほどかなり近くで息をひそめていたようだ。


 そして間合いに入った後、味方機に気を取らせて隙を作り、一気に最大出力まで高め、近付く。


 ――呆れるほど単純で信じられないほど無謀だが、有効な手だと認めざるを得ない行動だったが、そうなると、ひとつ深刻な疑問がある。


 なぜここに来て、防衛軍である彼らが出張ってくるのだろうか。

 この場所は防衛軍直轄の場所というわけではない。彼らは出向という形でここに駐在しているに過ぎない。


 都市部からかなり離れた場所に建設された、常人とは一線を画すような人物の立てた私設基地ということもあって、もしも敵の手に落ちたとしても、民間人が命を落とすようなこともない。


 それに残念ながら勝敗はもうほとんど決まっている。

 もちろん結果がどうなろうとエステルとしては最後まで諦めることはできないが、基地防衛隊の練度では、ミーレス3機ではあきらかに不足している。


 であれば、被害は少ない方がいい。

 4より3。3より1の方がよい。


 その程度の勘定は誰にでもできる。



「エステルさんから――離れろぉぉぉぉ!!」


 若い、というよりも、どちらかというと幼い声が聞こえる。

 聞きなれた少年の声がスピーカーから響き渡り、手にしたビームサーベルはいともたやすく鎖を断ち切った。


「なにっ!」


 驚きの声は少女のものだったが、驚愕したのはエステルも同じ――いや、それ以上かもしれない。

 諦観を叱り飛ばすような咆哮と共に〈ハイペリオン〉の呪縛はいともたやすく解かれた。


「小僧、キサマ……!」


 ここで何をしているのか、どうして逃げないのか。


 色々と聞かなければならない事は多かったが。



「いえ、小僧ではありません!フィン・リアーディス少尉候補生です!」



 どこかがずれた応酬に、エステルは思わず頬をほころばせた。

 脚に絡まった鎖を解きながら、ひとつ思い出したことがある。


 彼も、決意を秘めたリンケージであるということを、いまさらながらに思い出していた。


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鉄鋼戦記 早見一也 @kio_brando

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