第7話:36(サーティシックス)

 黒い戦闘機が緻密な動作で寄り集まり、精密に分解・再構築され、ベテランの操縦技術と破天荒な技術が有機的に組み合わさっていく。


 そうして――黒いスーパーロボットが山の上に屹立する。


 右手の甲を見せつけるように天へ突き上げ、謎のポーズをしたままで。



「……………………………」

「……………………………」


 数秒。


 誰も、声を発することができなかった。



「言葉も出ないか?……無理もなかろうな!芸術的かつ荘厳美麗ッ!この奇跡のガーディアン、〈ウルトラワルシュタイン36サーティシックス〉を前に、恐れおののくがいいッ!」



 いたいけな少女の、自慢げな声が聞こえてくる。

 明朗快活でありながら、邪悪を歓ぶ声に皆が戸惑う。


「我が名はワルモンヌ・ワルシュタイン!さあ!どこからでもかかってくるがいいッ!!」


 右手は顔の横に、左手は正面に。

 格闘技で言うところの、キックボクシングの構えに少し似ている(手の位置だけは)。


 リンケージとして修羅場をくぐったエステルと、リンケージになるべく様々な努力を積み重ねたフィンは、未だに驚愕と戸惑いから完全には立ち直れていなかった。


 まさか、格闘が主体の……スーパー級ガーディアンだというのか?


 だとしたら、数十機の戦闘機で爆撃なり射撃なり、数的優位を活かした方がはるかに効率的で確実なのでは?

 相手が『あの』ワルシュタインであれば、常識的戦術論など無意味かもしれないが……。


「来ないならば、こちらから行くぞッ!」


 黒いスーパー級――〈ウルトラワルシュタイン36サーティシックス〉が、背面ウィングから炎を吐き、猛烈な加速で飛び込んでくる。

 エステルは驚愕と共にサイド方向に飛行し、避けた。

 防御能力に優れた〈ハイペリオン〉と言えど、さすがにスーパー級ガーディアンの質量を受け止める事は出来ない。


「あまいわッ!」


 黒い巨腕が〈ハイペリオン〉に向けて伸ばされたかと思うと、手のひらから『何か』が飛来する。

 冗談のように長い鎖のような武装――と、エステルが気づいた時には一瞬遅かった。

 瞬時に天頂方向に加速して避けようとするも、左脚が絡めとられる。


「しまった!」


 鎖をどうにか出来そうな武装はないか、エステルはすぐに脳内で搭載武装を検索する。

 エネルギーライフル――無理。穴は開けられるかもしれないが、鎖を断ち切るには不適切。

 対物質武器用シールド――無理。そもそも攻撃に適していない。

 エネルギーキャノン――可能。だが、この体勢では――


〈ハイペリオン〉が怯んだその一瞬を、ワルモンヌは見逃さない。

 両腕は冷徹な機械の如く正確に操縦桿を操作し、愛機は彼女の命令に従う。

 白い犬歯がちらりと覗き、モニターの光を反射して閃く。


鎖旋風大車輪チェーン・サイクロンッ!」


 左手で〈ハイペリオン〉を絡めとった鎖を掴み、振り回す。

 呆れるほどに原始的な攻撃だが、エステルになす術はなかった。


(キャノンが使えない!)


 鎖を解く唯一の手段、エネルギーキャノンを使うには、正確な照準が必要になる。

 一か八かで射撃してみるか?いや駄目だ。どこに誤射するかわかったものじゃない。基地にでも当たったら元も子もない。

 ここまで無茶苦茶なことをされてしまうとは思わなかった。


(これがスーパー級ガーディアンの……恐ろしさか!)


 エステルとて、スーパー級ガーディアンの恐ろしさは知っているつもりだった。

 だが、カタログスペックの凄まじさに目を奪われていたと言わざるを得ない。

 本当に手に負えないのは、こんな無茶苦茶なガーディアンを扱う、リンケージにこそあるのではないか――


「食らうがいいッ!閃光ライトニング爆炎鎖デストラクションッ!」


 ぶん回した鎖――の先にいる〈ハイペリオン〉を地面に叩きつけ、右手から凝縮されたエネルギーが放たれる。赤い球体は芸術的なまでに圧縮され、吸い込まれるように〈ハイペリオン〉へと向かっていく。

 当然、いまの〈ハイペリオン〉に打てる手は無い。実戦経験のあるエステルだったが、さすがにこの状態で回避出来ようはずもなかった。

 咄嗟に盾で機体をかばう。


 モニターに閃光が走り、爆炎による衝撃が全身を襲う。


 いくつものアラートが鳴り、サブモニターが背面から叩きつけられた勢いでエネルギーキャノンが使用不能となったこと、爆炎によって全身に甚大なダメージを負ったことを示している。

 急激なGが加わり続けた上に強い衝撃を受けたことで気が遠くなりそうになりながら、エステルは懸命に思考を巡らせた。


 もはや武器は手にあるライフルと盾だけ。


 いや、最後にもう一つだけある。





「おい、ボスが〈第二段階フェイズ2〉に推移したぞ」

 疲れ切ったような声は、壮年の男性が発していた。彼はガーディアン・マフィアである(というと厳罰に処されるので口に出せないが)ブラック・クライシス団、第17戦闘飛行隊の隊長を勤めている。

 彼は事前作戦説明会ブリーフィングでの事を苦々しく思い出していた。




「いいか、『奴』は必ず現れる!その前にこまごました邪魔ものが出てくるだろうッ!」


 いつものことだった。

 彼女ボスは事前の作戦説明があまりにもあいまいなのだった。


 奴って誰?

 こまごました邪魔ものって、どの程度の規模と戦力?

 そもそも、この作戦はどういう目的なのか?


 ボス――二代目首領の座に着いたワルモンヌ・ワルシュタインは、当たり前といえば当たり前にすぎるこうした部下の疑問に対し、かなり無頓着だった。

 軍事作戦を実行するにあたって、最初から最後までが唐突に閃くという天才、ワルモンヌ・ワルシュタイン。

 明らかにその弊害が出ていた。思いつきというには重厚長大すぎる事を、他人にわざわざ言って聞かせるのが面倒くさいのだ。


 しかも普通に聞くと興が削がれたとかなんとかで機嫌を悪くし、答えてもらえる確率が下がってしまう。

 そして、部下の方もボスの困った気性を知っているため、


「なるほど、奴――というと、天城ゲンロクの手の者ですか?」

「違う?なるほど――というと、防衛軍ですか?」

「それも違うとなると――フォーチュンの連中ですな?なるほどなるほど。流石のご慧眼、感服仕りました。ところで今回の作戦目的なのですが――」


 などと言って、適度にボスの機嫌を取りつつ、少しづつ話を聞いていく必要がある。

 最初は面食らったものだが、慣れてくると『ワルっぽい』という気持ちが生まれたのか、部下が囃し立ててくるようになった。

 そういった空気が、楽しいと言えば楽しいが――



「隊長、我々はどうしますか?〈第二段階〉へ移行するにも、まだ試験運用が完了しておりませんが」

 隊長の愚痴に返答した部下は、うろたえ半分、あきらめ半分といったところだった。

 ボスが現場に出張りたがり、しかも事前の説明とあまりにも乖離した行動をよく取るのは困ったものだ。


「事前の行動予定ですと――」

「言うな」部下の言葉を遮りつつ、そうなんだよな、と思った。


 そう。事前作戦説明会ブリーフィングでは、最初に合体せずに散開した状態で『航空攻撃による嫌がらせで相手がスーパー級ガーディアンを出してくるのを待つ』という〈第一段階フェイズ1〉があり、スーパー級ガーディアンが出てきたらこちらも合体して決戦を挑む〈第二段階フェイズ2〉に移行するという計画だった。


 はずだった。


 頭が痛くなってくる。

 なぜ、わざわざ合体して数の利を捨てるのか理解できない。


第二段階フェイズ2〉があるからこそ〈第一段階フェイズ1〉であまり派手な攻撃は出来なかった。

 最初に景気よく攻撃を加えると、後に出てくるスーパー級ガーディアンに対抗するエネルギーを使い果たす恐れがあったからだ。


 ボスが急遽行った合体によって戦闘力が向上するのはわかる。作戦を聞かされた時も、とりあえず理は通っていると納得した。

 敵のガーディアンがスーパー級ガーディアンであれば、通常兵器程度の威力しかない戦闘機集団ではおそらく倒せない。だから合体し、相手側を上回るほどのスーパー級ガーディアンとなれば対抗できるとのことだった。


 それがどうだ?

 まだ敵側はファンタズム級と基地守備隊ミーレスしか出てきていないのに、もう〈第二段階〉へと移行してしまった。

 相手のファンタズム級はかなりの腕利きだし、ミーレスも規模によってはバカにできない戦力だ。

 さすがは天城ゲンロクの私設基地だと認めざるを得ない。


 スーパー級ガーディアンとなったこちらは――持久戦に持ち込まれると弱い。

 スーパー級が高火力・高耐久な反面、継戦能力に乏しい事は相手も熟知しているはず。攻撃が大振りで命中能力に難があることも同様に。

 となれば、相手がその弱点を突かない手はないだろう。


 しかし、もし我らが首領に歩調を合わせず自分達が合体しないまま戦闘を続行したなら、結局はボスの不興を買ってしまう事になる。



「俺達も〈第二段階〉に移行するぞ」

 当初の予定は崩れた。

 となれば、あとは損失を最低限に抑えながら、状況に対応するしかない。

「了解」僚機たちは応えた。ため息まじりだった。


 まだ泣くな、俺。仕事はこれからが本番なんだから。





「あいつは一体なんだ………?」


 フィンは思った。

 いま起きた事柄に戸惑い、考え、そして……恐怖を感じていた。

 理解できないからだ。

 人間は、理解できない事に対して本能的な恐怖を覚える。


 何十もの戦闘機によって合体するという技術。

 何十もの数的優位を捨てる発想。


 どちらも理解を越えており、さらにその上で自信満々に登場した少女(らしい)相手のリンケージ。


 しかも――


「集うがいい、我が同志ッ!」


 先ほどの少女の声だ。


 よく通るその声に呼応するように、青い戦闘機たちがいくつかのグループを作り――合体していく。

 悪夢が繰り返されているかのような絶望感と焦燥感が、フィンの全身を巡っていく。


 腕が震えて、指が動かない。思考も停止している。気圧されているのか。これは実戦だ、わかりきった事だ。慢心していたつもりはなかった。自分が見習い程度である事、実戦経験が無い事は百も承知だ。だがこれはなんだ。わからない、わからない。どうすればいいかわからない。


「おい、ぼうず!」


 耳朶を叩く声に驚き、フィンは敵の映っているメインモニターから味方機が映っているサブモニターへと目を移した。


「ぼけっとしてるな!敵の数が減った今だ!退却するなら今の内だぞ!」


 信じられない。一体何を言ってるんだ?


 味方機はひどい有様だった。

 うち一機は右腕を欠損し、左脚部も損傷している。とりあえず動かせるが、もはや正面から敵と相対することは難しいだろう。

 もう一機は肩や脚などの末端部分に損傷を抑えているが、手持ちの武装はほぼ使い切っていた。手にしていたライフルを捨てて、腰部にマウントされていたビームサーベルを取り出している。


 どちらも戦闘の継続は絶望的だった。


 この人達は、馬鹿だ。フィンは素直にそう思った。


 今の状態でも、自分達を盾にして他人を守ろうとしている。

 この状態であのスーパー級ガーディアンに向かっていったらどうなるか。分かりきった結末しか待ち受けていないだろう。

 それでも、何一つ諦めちゃいない。

 フィンも、エステルの事も含めて、何一つとして諦めちゃいなかった。


 歯を食いしばり、息を吸い込んだ。決意と共に声を張り上げる。


「僕は、フィン・リアーディス少尉候補生です!」



「は?」

「え?」


 呆気に取られたふたつの声に構わず、フィンは続けた。


「小官の任務は、エグゼヴィル基地周辺の平和維持活動であります!上官殿、ご命令をお願いします!」


 数瞬の沈黙。

 その後、スピーカーから聞こえてきたのは困ったような笑顔が容易に想像できる、そんな笑い声だった。


「よろしい、リアーディス少尉候補生。気の毒だが、貴官が最も『動ける』。我々が黒いデカブツの気を引いているうちにマクスモンド少佐殿をお助けしろ」

 苦笑ぎみに命令を発したのはベテランのパイロットだった(リンケージではない)。


「本当に気の毒だな、フィン。だがまあしょうがねぇ。俺達は馬鹿野郎同士だな」


 彼らは十年来の友人かのように気さくな声だった。

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