第6話:黒き衝撃
白銀の翼が陽光に照らされ、機体は銀閃となって空を駆けていく。
フィンがヴィクラマの一機を倒すより前に、ファンタズム級ガーディアン〈ハイペリオン〉は既にヴィクラマを5機と、戦闘攻撃機を10機落としていた。
その行動は確かに迅速であり、的確だった。
だが――目の前に広がっている惨劇を巻き戻すことはできない。
基地周辺は、炎の海となっていた。木々は焼かれ、あるいはなぎ倒された。山は敵の隠れ潜む陣地となり果てていた。
資源回収の任務に就いていた作業者たちは――どうなったのか。
考えることを、エステルは拒絶した。それよりも、今の自分にはやることがある。
空には曇りなき一面の晴天。
地上には――かつてはミーレス・カバリエだった残骸と、それが巻き上げる炎と黒煙ばかりだった。
いくつかのヴィクラマを倒したという戦功も、いまのフィンにはまったく眼中になかった。
否、それどころではなかった。
灰色に塗装された敵戦闘機が機銃をばらまいては頭上をかすめていき、新たなヴィクラマが現れてはマシンガンを掃射してくるのだ。
戦闘機はともかく、ヴィクラマに追われていてはたまらない。ファルコンIIの方が、性能は多少優位だろうがまがりなにも相手はガーディアンだ。
冷や汗をかきながら攻撃を回避しつつ、味方との合流を目指す。
それはフィンの独力では成し遂げられない事だった。上空からのエネルギーキャノン掃射によって敵が吹き飛んでいく。
紛れもない、エステルの〈ハイペリオン〉から放たれた援護射撃だった。
エステルに頼りたくなる気持ちをぐっと抑え、もう一度レーダーの青点を目指していく。
エステルさんは、現状で最大の戦力だ。敵の中枢を叩いてくれれば状況を打開できるかもしれない。ここにいつまでも張り付かせておくわけにはいけない。
そうなれば、やはり自分はいち早く味方と合流し、抵抗線を築くしかない。
それがまるで唯一の救いであるかのように、フィンはなんとかファルコンⅡを移動させる。
最初は基地の北側だった。
そこには自分の乗機と同じ機体――ファルコンⅡがあった。
しかしそれは、地に伏し、ヴィクラマに足蹴にされていた。肩口が真っ二つに裂けている。ヴィクラマのヒートトマホークにやられたらしかった。
驚愕と怒りが交じり合い、咄嗟にビームライフルの照準を合わせ、発砲する。既に死闘が繰り広げられていたらしく、当たり所は甘かったが、フィンの射撃を受けたヴィクラマは胸部から爆発を起こし、動かなくなった。
次なる青点を目指し、基地の周辺を沿うように移動した。基地の北西方向だった。
そこには2機のファルコンⅡがいた。損傷はしているようだが、戦闘は充分可能なようだった。
「みなさん!」
「お前、あの学生か!?」
フィンが呼び掛けると、驚愕の声が返ってくる。少しばかりしわがれた声。歴戦のリンケージかもしれない。
少しばかり安堵してしまうも、すぐに気を取り直す。
「他の防衛軍の方は!?」
「見ての通りだよ」
もう一つの声が返ってきた。こちらは先ほどのリンケージよりも少し若い。
吐き捨てるような言葉には極度の疲労が見て取れる。しかしながら、彼ら自身は今すぐ退却することは考えていないようだ。
ならば、自分がやることも変わりない。
フィンは内なる闘志が燃えさかっていくのを感じた。
改めてレーダーを見ると、赤点だらけだった。青はもはや、どこにあるのか探すのも難しい。
ああ、絶望的だな。
フィンは自分でも驚くほど冷静にその現実を認識した。
数的劣勢から、この基地が敵の手に落ちてしまうのは仕方ない。しかしせめてものこと、基地にいる非戦闘員が脱出する時間ぐらいは稼がないといけない。
たとえ、その途上で自分の生存が難しいとしても。
「ガーディアンが出てきたか……しかし、フォーチュンではない。連邦のファンタズム級と、防衛隊のミーレスか?なめられたものだ……」
モニターのライトばかりが輝く闇の中、その少女はコクピットで呟いた。
「よろしい!私が出るとしよう。フォーメーション・クライシス!」
歪んだ笑みが強まる。白い歯がむき出しになり、獲物を見つけた獣のように眼を開いた。
「ジングウ、聞こえるな?
「空が狭い……!この戦闘機の数は一体なんなの……?」
エステルはひとり、毒づいた。
白銀の翼を持つ愛機、〈ハイペリオン〉は今のところ殆ど無傷だった。敵の主力が地上戦用のヴィクラマであることが幸いしていた。
だが、どれほど撃墜したのか分からないほど落としても、何十機と基地上空を飛び交う戦闘機を追い払うことが出来ない。
一体どこから来るのか、どれほどの規模なのかが不明だ。
それに、そもそも何の目的があるのかも分からない。今のところ基地上空を飛び回ったり、こちらの戦力を削いだりという事はしてくるが、基地に大した爆撃を実施してこない。
(基地機能を殺す必要がないと高をくくってる?それとも、基地を制圧して使用する気?)
様々な憶測が思い浮かぶが、エステルには、いつまでも思考を巡らせる贅沢は許されていなかった。
4機でひし形の陣形――ダイヤモンド編隊――で近付いてくるいくつもの戦闘機が見える。照準を先頭の編隊長に合わせるとともに
間違いなく正規軍人か、それに類するほどの熟練度を持っているパイロットだ。戦闘に対する緊張と恐怖よりも、反射的な操縦技術が前に出ている。
敵戦闘機は漆黒の塗装がなされたものと、青の一色で塗装されたものの二種類が見て取れた。前者は特に精鋭揃いのようだ。
敵機が付かず離れずの距離で戦闘を仕掛けてくるのも、巧い。ファンタズム級ガーディアンは通常、剣などによる近接戦闘が主兵装である事が多い。
背部の翼状エネルギーキャノンから射出される一斉攻撃は、強力ではあるものの、あまり連発が出来ない。それに、戦闘機のような機動力の高い敵には有効な兵装ではなかった。
〈ハイペリオン〉の主兵装は、一見すると剣にも見えるようなエネルギーライフルだった。だが、これひとつで敵戦闘機を全滅させられるとは思えなかった。弾数も無限ではない。
エステルの脳裏に1年前の、最悪の艦隊戦がフラッシュバックした。
結局、貴重な戦艦を3隻も喪失してしまった。それがエステルひとりの責任であるなどと自惚れているわけではない。ただ、あのような思いはもうしたくない。
一体どうすれば。そう思って戦況をざっと眺めなおした時だった。
敵戦闘機が妙な行動に移った。
敵機の殆どが遠方の、ある地点に集結しはじめたのだった。
エネルギーキャノンで一掃する?いや、敵にはこちらの武装は分かっているはず。だというのにこのような密集隊形をとるのはどういう理由だろう。
逡巡しているうち、信じがたい事になっていた。
漆黒色の戦闘機が集結――いや、違う。
密集している。
違う――密着している?
先鋭的なシルエットを持つ漆黒の戦闘機が、遠目からだとどういう理屈なのか分からないが、ひとつひとつのパーツとして、巨大ななにかを形作ろうとしている。
それはやがて――本当に信じがたいことに――ひとつのヒトガタを作り上げた。
これはまさか。
「ガーディアン……?」
2機や3機ならともかく――そんな馬鹿げた事があるのだろうか?
いや、確か、ひとつだけ馬鹿げたガーディアンの話を聞いたことがあった気がする。
やがて、何十機かの戦闘機が作り上げたヒトガタの上に、真紅の戦闘機が勢いよく飛び込み――全体の細部が変形していく。
呆然とするエステルをよそに、そのガーディアンらしきものは片手を前に突き出し、何らかのポージングを決めている。
「ウルトラワルシュタイン
場違いなほどにエネルギッシュな少女の声が戦場に響き渡った。
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