第4話:鷹峰士撃
機甲歴63年。
それは、
1年前、裏格闘技界では知らぬ者の無い鷹峰は、その日も
修斗の試合は分かりやすい。拳撃でも脚技でも極め技でもいい。とにかく相手をダウンさせればいいのだ。
バンテージは着けてもグローブを着けない修斗は、流血沙汰は珍しくなかった
絶頂期には「不敗の士撃」とまで言われたものだが、実際には負けた事もあるし、死にかけた事もある。
それでも、修斗をやめようとはしなかった。鷹峰にとってはそれしかなかった。
「おい、652番」看守が呼んだ。
鷹峰はそれには応えず、ぎろりと視線を投げつけた。
牢獄の中であっても手錠は外されない鷹峰には、自由の二文字は遥か彼方にあった。
「喜べ。特級囚人のお前が、一時的にとは言え外に出られる」
「へっ」鷹峰は鼻で笑った。
看守は不快げな表情を浮かべ、鉄格子を警棒で叩いた。
格子が僅かに振動し、火花と共に電光が走る。どうやら暴徒鎮圧用の電磁警棒のようだった。
手錠付きの丸腰相手に、ご大層なこった。
身じろぎ一つせず、それどころか笑みを深める鷹峰の態度にますます不快になったらしい看守だが、埒が明かない事を悟ったらしい。
「お前のそういう生意気な態度がいつまでも通用すると思うな。この牢を出る前に、お前には首輪を付ける事になる」
鷹峰の返事も待たず、看守は背を向けて立ち去った。
通りの向こうで別の看守と話し込んでいる。
「…それにしても本気か?いくら人手不足だからって、奴は特級囚人なんだぞ」
「上の命令だ、是も否もねえよ」
「ふん…
「よせよ、誰かに聞かれたらコトだぞ」
以前であればまず聞き取れなかったであろう、遠距離での密談ですら、今の鷹峰にははっきりと聞き取れる。
地獄のような日々が、鷹峰の知覚を鋭敏にしていったらしい。
「キナ臭ぇ話だぜ」
外に出られるという事に対して、鷹峰はもはや何の期待もしていなかった。
1年という年月は、彼の心を腐らせ荒ませるには、充分な時間であったのかもしれない。
翌日、鷹峰は護送のヘリに乗り込んだ。
てっきり陸路だと思い込んでいたので、こればかりは少し意外だった。
とはいえ―――両手は手錠でがっちり。おまけに、首には文字通りの首輪がしっかりと錠をされている。
単なる鉄製の輪ではない。内部に電子機器がいくつか仕込まれている。
鷹峰の位置情報を常に管制室がモニタし、通話も可能である。
そして鷹峰には語られていないが、恐らくは電流を流したりする事も出来るだろうし、小型の爆弾のひとつは埋め込んであるだろうと踏んでいる。
昔の話とはいえ、一流の
複数のガードマンに周囲を取り囲まれながら、約3時間で目的地に到着した。
ヘリは発着場に降り立ち、少々手荒に歩くよう促された鷹峰はヘリを降り立った。
そこには、舗装されたコンクリートの、幅が100mはあろうかというだだっ広い道路と、遠くに見える木々と山々が聳え立つ以外は何もない、殺風景な景色が広がっていた。
やがて、アサルトライフルで武装している軍人風の男たちに囲まれた、整った容姿にさらりと伸びた金髪の女性が現れた。
武装している男たちとは装いが違う。
これ見よがしに付けている階級章もデカい。階級が違うという事が見て取れる。
若々しくも凛々しい印象を覚えるが、その顔には疲れが見え隠れしているようだった。
「鷹峰士撃さんですね」
堂々たる声だった。嫌味もへつらいも無い。
こうなると、鷹峰としては少し試したくなった。
「誰だ、あんた」
「口を慎め、囚人!」
反応したのは武装した兵士だった。しかし、やめなさい、とはっきり断じて兵士たちを押し留め、更に歩み寄ってくる。
「エステル・マクスモンドと申します。資源基地エグゼヴィルの司令官を務めております」
エステルと名乗る女性は鷹峰の眼前に来る。
如何に拘束されているとはいえ、名も知らぬ特級囚人の眼前に立つのはかなりの度胸だ。
「鍵を」
そう言って、彼女は手のひらを向けて差し出した。
突如としてエステルに促されたガードマンは、慌てて懐を探り、小さな黒いリモコンを渡した。
彼女は渡されたリモコンを一切の迷いなく操作していく。
やがて手錠がひとりでに外れ、地面に落ちた。
電子錠のロックを解除したのだろう。
「…いいのかよ?」鷹峰はそんな事を聞いていた。
基地司令官となれば、聞いているはずだ。
自分が格闘家であった事と、特級囚人である事は知っているはずだ。
「はい。これからよろしく、の挨拶代わりと思って頂ければ」
「なるほどね」
まあ、外も悪かねえかもな。
久しぶりに、少々能天気な事を考える鷹峰だった。
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