第2話:黒き蠢動

 機甲歴61年。

 それは人類の暗黒期とすら称される程の激戦が終わりを告げてから間もない頃。

 しかし、その少女はつくづく好機を逃さなかった。

 あの当時、新聞や雑誌の見出しを大いに賑わせた事は記憶に新しい。


『キャラウェイシティに、ガーディアン・マフィアが出現!』


『ブラック・クライシス団を名乗るガーディアン集団、銀行から500tの金塊を奪取』


『悪の組織ブラック・クライシス団と、ワルモンヌ・ワルシュタインを名乗る首領の登場』



「ふん」ゴシックロリータの装いの少女は、鼻を鳴らした。

 広く無機質な部屋だが照明は点いておらず、部屋に置かれた巨大モニターディスプレイの光が爛々と光っている。

 ワルシュタイン二世―――ワルモンヌ・ワルシュタインを名乗っている少女は、見目麗しい美少女、の、はずだった。

 しかし、椅子に座って足を組み、不機嫌そうにするというだけでも周囲が萎縮する程の迫力を持っている。


 生来は奔放な性格を持つ彼女だが、時折こうして苦い記憶にひたることもある。

「我々ブラック・クライシス団を、ガーディアン・マフィアごときと一緒くたにするとは。何もわかっていない」

 初代首領であるワルシュタイン博士の娘を名乗り、世間へのお目見えと共に行った記念すべき初の悪事は完全に成功した。

 ただ一つの失敗は、世間がブラック・クライシス団の事をマフィアの一派としか見ていない事だろう。


「お嬢様、またそのお話で?同じ話を繰り返すと、老けますぞ」

「やかましい」年齢は既に60を超えているであろう側近の軽口に、少女は一喝で応じた。


 普段はじいという愛称で呼んでいるジングウという男は、いつも決まって漆黒の燕尾服を着用する。別に誰かに指示されて、というわけではない。恐らくは好きでそうしているのだろう。

 昔は黒々としていた頭髪はすっかり白くなり、顔の皺もくっきりと見えるようになってきはしたものの、軽口と燕尾服だけは若い頃から変わらなかった。



 少女は、ジングウが先刻寄越してきた書類を眺めていた。今時、紙の報告書を見る機会は少ない―――と思いきや、中々どうして、多かった。


 特に、誰にも見て欲しくない情報を記載している報告書であれば。


 書面の文字を見る。笑いがこみ上げてきた。

「もう少しだな」

「ですな」ジングウは短く応じた。しかし、声には柔らかな響きがあった。

「もう少しで、全てをこの手に…」少女はそう言った。ジングウの言葉が聞こえているのかは、定かではなかった。


 時間の問題だ。


 明晰な頭脳と、冷静な判断力、そして柔軟性に満ちた彼女の下した答えは、それだった。

 犬歯を覗かせ邪悪に嗤う少女に、ジングウは静かに告げた。


「プロトワルシュタイン24トゥエンティーフォーは、順調に推移しております。このまま行けば、2年後には必ず…」

「遅い!」

 少女は書類の束をジングウに投げつけた。慌てて受け止める。

「は…しかし、当初の予定通りに計画は推移しておりますが…」

「爺、3日前の事をもう忘れたか。…計画を急がせろ」


 勝利を目前にして、しかし明日の敵を見据える視界の広さ。

 ジングウは心底から、楽しいと思っていた。

「御意に御座います、お嬢様」だが彼の声は冷徹だった。

 少女は満足そうに頷いたのち、椅子に座り直した。書類を投げつけたせいで姿勢が崩れたのだった。


(それにしても…)

 照明ぐらい点ければいいのに。確かに悪っぽいけれども、目まで悪くなりますよ。


 ジングウはそう思ったが、何も言えなかった。

 優秀な執事になる道は、まだまだ遠いようだった。

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