鉄鋼戦記

早見一也

第1話:襲来!異次元軍団!

 警告音が鳴り響く。緊急事態を示す赤いブザーランプがブリッジ中を照らす。

 それは、ずっと鳴り止まない。

 悲鳴のように、あるいは叫び声のように。



「囲まれました。敵総数、約500!」


「第3小隊、全滅!第5中隊もロスト!」


「第二次防衛ライン上の味方戦力、崩壊しました!」



「なんという事だ…なぜ、これほどまでの異次元軍団メタガイストが…」

「デブリです!」艦橋で呟いた艦隊司令官に対し、答えたのは艦外からもたらされた報告だった。

 偵察飛行隊の威勢のよい声だった。

「暗礁空域のデブリに寄生して隠れていたようです。恐らく、奴らは…」

 その声は尻すぼみに小さくなっていくが、続きを聞くまでもなかった。

「この宙域に存在するデブリなど、500どころではないぞ!」

 怖気を振り払った司令官の叫び。

「レーダーに感、アリ!敵総数…2000!なおも増加中!」

 偵察飛行隊の言が正しかった事を、オペレーターは告げた。その声は泣き叫ぶようだった。


「くそっ、戦闘飛行隊!俺に続け!」

 偵察飛行隊の隊長が叫びをあげる。続いて、威勢のよい男どもが口々に応じた。


「応ッ!全戦闘飛行隊、敵を追っ払え!」戦闘飛行隊の隊長が吠える。


「了解!たらふく食わせてやりましょうッ!」

「爆装してると重いからな!身軽にならせてもらうぜッ!」


「撃てッ!」


 隊長の号令一下、戦闘飛行隊のミサイルポッドによる攻撃が放たれる。

 火線がミサイルの航跡を描き、機械生命体にぶち当たる。

 巨大な爆発がいくつも巻き起こる。

 暗く無限に巨大な宇宙空間においては、花火にも思える閃光。


 しかし、爆光の中、熱線が走り、戦闘飛行隊の中央を引き裂く。

 熱線の射線にあった戦闘機は業火に焼かれ、その傍にあった戦闘機は爆風に煽られる。

 ミサイルによる煙が薄れていき、メタガイスト達の姿が露わになる。


「無傷だと…」偵察飛行隊長の呻き。

 そして、全く同じ呻きを、艦隊司令官も上げていた。


「…司令官!」オペレーターが叫ぶ。

「わかっている!フォーチュン、頼む!」

 司令官の、いや、艦隊に残った最後の希望を、司令官は叫んだ。


 レーダーにひときわ大きな反応を示す光点が急速接近してくる。

 モニターには、白銀の翼を持った巨大な、しかし幻想的な人型兵器が映し出されている。

 翼から放たれる六条の光線が、メタガイスト達を貫く。

 貫かれた機械生命体は大きな風穴を開けられ、爆散していく。


「…エステルさん!」

 偵察飛行隊の隊員が口々に『希望』を叫んだ。


「―――退きましょう、皆さん。もうこれ以上は無意味です」

「無意味ですと?エステル殿、それはまさか―――」

「第1艦隊と第2艦隊は、全滅しました。残存戦力はもはや貴方達、第3艦隊のみです」

「……第3艦隊の総員に告げる。直ちに戦闘宙域より離脱せよ。―――本艦乗組員は、基幹要員含めて、脱出艇での脱出準備急げ。以上」

「司令官、私は皆さんの後退を援護します。後で会いましょう」

 エステル・マクスモントからの通信は切れた。


 民間軍事会社PMCであるフォーチュンに対し、思う事は様々ある防衛艦隊司令官ではあるが、少なくとも彼女には好感以外の感情を抱く事は難しいと思っていた。



 そこからは、悲惨の一言に尽きる。


 エステル・マクスモンドの駆るファンタズム級ガーディアン、『ハイペリオン』は、宇宙空間でなお白銀に輝いている。


「この!」

 エネルギーライフルによる攻撃が、敵の人型機械生命体『メタルデーモン・ヘルスレイヤー』の胸を貫く。

 1体は倒せたものの、20体近いヘルスレイヤーがハイペリオンに殺到する。


 しかしエステルは慌てない。

 翼型の背部キャノン砲による砲撃を放ち、射線上のヘルスレイヤーはみな爆散していく。


 残された戦闘飛行隊と、偵察飛行隊の面々の遅滞戦闘。

 ハイペリオンの英雄的戦闘。


 だが―――


 時間が経つにつれ、被害は指数関数的に上昇していく。

 残弾が無くなり、味方も減り、士気も落ちていく。

 もはや、この戦闘に意味は無い。先のエステルが放った言葉が、痛く、重く、全員の胸に響いてくる。




 旗艦サイレントアークは、艦橋から末端まで、もはやきりきり舞いであった。

 全体の戦闘指揮、先の命令による脱出、戦闘によって生じた被害の緊急修理。

 だが、司令官は堂々たる態度を崩さない。辛うじて、艦内の士気は保たれている。


「司令官、脱出準備が整いました!みんな、もう脱出艇に乗り込んでいます!」

 脱出を命じられたオペレーターが大慌ての様相のまま、艦橋に飛び込んできた。

「そうか……では脱出せよ、ご苦労だった」

「何言ってるんです!司令官も…!」

「逃げられんよ。敵の数は圧倒的だ。例えフォーチュンのガーディアンとて、一機だけでは我ら全員を救う事は出来んだろう」

「……!」

「サイレントアークを、敵の中枢にぶつける。少しばかりの時は稼げるはずだ。自動操縦と手動操縦を組み合わせなければ、体当たりは出来ないからな」

「司令官…」

 オペレーターの目には、涙が溢れていた。

 彼の覚悟が、そして彼の言葉がまったくもって正しいからだった。



「私は、艦隊司令官としての責務を果たす。君らはもう責務を果たした。行け」



 閃光と爆風の中で、彼らは―――戦場を駆けた。


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