君ありて幸福

石燕 鴎

第1話

『可愛い女の子は頭がおかしい』そんな事戯言だと言う人も大勢いると思うけど、私はそんな事例を知っている。

現に私の前にいた女の子-有希子-は行動が常識というレールから外れているのだ。例えば、授業中いきなり寝っ転がってみたり、昼休みにUFOを呼ぼうと屋上に魔方陣のようなものを書いてみたり、或いはいきなり校内放送を乗っ取って一昔前の洋楽をかけてみたり、兎に角世間一般が考える『普通』とは全く違う行動をするのだ。それが人には『××××』に見えたりするのだろう。しかし、彼女は雰囲気が高校生というには大人びていて、瞳は大きく、黒曜の様に輝き、肌は澄んだ色をしていた。そんな可愛らしさと大人っぽさか同居した彼女に近づく学生や教職員は誰もいなかった。

私は有希子とは仲が良かった。高校生活最初の席替えでたまたま隣になったのがきっかけであった。挨拶をしようとした刹那、彼女はその時、澄んだ高い声で私にこう言ったのだ。

「ねぇ。UMAって本当にいると思う?」

暫し沈黙の後、私は口を開いた

「チュパカプラはいると思う。河童も信じてるしツチノコもいると思う。」

そう告げると、彼女はにっこり笑って柳のような形をした手で私の不恰好な手をにぎり、ぶんぶんと振ったのである。

「××ちゃん。これからよろしくね。」

それからは彼女と一緒に行動をすることが多くなった。授業中突然寝転んだ彼女を引き上げるのも私の役目、行方不明になった有希子を探すのも私の役目となったのである。中々難儀することもあったが有希子のことが嫌いになったりはしなかった。

ある時、彼女が屋上でお昼寝をしてときがあった。有希子はしなやかな黒髪をもったいげもなく床に広げ、手足を縮こめ、寝ていた。私は「『可愛い』というのはこういうことをいうんだ。」という事を本能的に感じたのだ。有希子を起こすのかもったいなくなってしまい、そのまま起きるまで私も床に転がってみた。至近距離で初めてみる。艶々とした唇に長い睫毛、形の良い眉。今なら顔の産毛の一本一本すら見える。私は自らの鼓動を感じながら有希子の顔をそうっと覗き込んだ。すやすやと眠っている彼女はとても無防備だ。今この瞬間、有希子の寝顔は私しか知らないのだ。ああ、この唇に触れてみたい。その様な衝動にも駆られる。もし、彼女の細い首に手をかけたら彼女は私だけのものになるだろうか。今この瞬間だけは、彼女は私のモノになった気分になる。この瞬間を切り取りたい。私は携帯のカメラを用意しようとした。そのとき、気の抜けた声が聞こえたのである。

「んぅう………。あれ。××ちゃん授業はいいの?」

彼女の寝ぼけ声が聞こえる。残念ながら撮り損ねてしまったようだ。

「先生に言われて有希子ちゃんを探しに来たのよ」

「そうかぁ。悪いことしたね。ちょっとUFOと交信していたら怪電波を受け取っちゃって眠りに落ちたのだよ。」

有希子は私の普段の口調を真似て寝ていた言い訳を楽しそうに告げる。

「じゃあ、起きたことだし、教室戻ろう?」

「そうだね。ちょっとだけ寒いや。戻ろう。」

こうして彼女を独り占めしたは良かったものを結局彼女の寝顔は写真に収めることが出来なかった。

そんな毎日を過ごしていたが、ある日ふらっと有希子が学校に来なくなった。先生に呼び出されて告げられたのは、私にとって残酷なものだった。

有希子は体調を崩し、入院したというのだ。しかも、病状は芳しくないという。美人薄命というのはこういうことを言うのかと私は考えた。私は早退し、有希子が入院している病院へ向かった。

ナースステーションで有希子の名前を告げ、病室を教えてもらい、ちょっぴり緊張しながら病院のドアを開けた。有希子は向かって右奥のベットにいた。少し顔色が青く、体調が良くないことが分かる。

「××ちゃん!学校は?そんなことよりも来てくれたの?」

「有希子、どうして体調悪いこと黙ってたの」

「私も最近気がついたからだよ。おかげ様でほら入院だよ。見て見て、太ももにお花咲いてるみたい」

そういう彼女の太ももは赤い斑紋で花が咲いたようになっていた。私が顔をしかめると有希子はごめんごめんと言いパジャマの裾を元に戻した。 穏やかに過ぎ去る時間の中で有希子はささやくように「ねぇ××ちゃん」と唐突に私を呼んだ。

「なぁに。有希子」私は答える。

窓際にあった花瓶からゼラニウムを抜いて私に押し付けてきた。私と話していて疲れたのか、とろんとした目で彼女は歌うように言う。

「お土産。××ちゃんにぴったりだと思うの。私の気持ちよ。」

「ありがとう。次来る時、私も有希子にお土産持って来るわ。」

ナースステーションで新聞紙をもらい、赤いゼラニウムを包んだ。帰る途中、私はふと赤いゼラニウムの花言葉が気になり調べてみることにした。調べてみると端末には『君ありて幸福』と出ていた。私は頬の色が赤く変わっていくのを感じた。

有希子は見舞いに行くたび痩せていった。病室も個室へと変わった。私は見舞いに幾度行けど有希子の母親とは会ったことがなかった。ある日、有希子が窓の外を見ながらぽつりと言葉を宙に放った。

「ねぇ××ちゃんお願いがあるの」

「何?UFOとかUMA関連?」

「ううん。××ちゃん美術部だったよね。」

「そうだよ。あんまり上手くないけど」

「今の私を切り取って欲しいの。私という存在をあなたに切り取って、保存して、眺めて、私という存在を忘れないで欲しいの。」

「有希子ちゃん……写真とかじゃなくて絵がいいの?」

有希子は首をたてにふった。

「私はあなたしか友達がいないの。一生のお願い」

「わかったわ。明日から道具持ってきてやるね。」

そう告げたときの彼女の顔は病人とは思えない程輝いていた。それから有希子が疲れない程度に他愛のない話をした。有希子は高校に行ってたときのような可愛らしさはなくなっていた。しかし、痩せたからか、大人っぽいような感じになっていた。次の日から作業に入った。

有希子をベットから椅子に移し、彼女が一番美しいアングルで書くことにした。有希子が疲れないように少しづつ作業を進めるが、彼女は全く疲れを見せなかった。

1週間程作業をして絵が完成した。有希子に見せると具合が悪かったようで病床で彼女は微笑った。その後寝てしまった。私は切り取った彼女を学校の美術部の部室に置いた。近くには彼女がくれた赤いゼラニウムが芳香を放っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君ありて幸福 石燕 鴎 @sekien_kamome

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ