オブリガート
一面、花畑。
フラワーアーチの奥、木製のベンチ。俺のお気に入りの場所。
彼女はここで摘んだ花を花瓶に生ける。雅なことは詳しくないが、純粋にすごいと思う。
秋桜、菊、薔薇、桔梗。今日はどの花を選ぶのだろうか。ころころと表情を変える彼女の姿を遠目に、焼き栗を口に運んだ。
「狼さんは、おかあさんだったの。嘘を吐いていたのは、おばあちゃんだったの」
彼女は悲しみに満ちた顔で目を伏せながら、両手で花を弄ぶ。
詳しく語ることはしないが、彼女の家庭環境は複雑だった。少なくとも俺が最悪だと思い、同情するくらいには。もう過去のことだけれど。
俺が火を放った。ぐちゃくちゃで壊れきった家庭をどろどろに溶かした。大量の油が撒かれていたので、火が回るのは早い。色々なものを巻き込んで、消えていった。
彼女の枷も一緒に消えてしまった。良いことのはずだった。俺が近くにいなければの話だが。そう思うのは傲慢だからだ。
「オオカミさんは狼さんじゃなくって。だから、オオカミさんって呼ぶのは違う気がする」
「なに馬鹿なこと言っているのですか。俺は紛れもない狼です。こうしてあなたを誑かしているでしょう」
「違う! ……ちがうの」
直接口には出さないが、彼女は俺の名前を求めているようだ。問われても答える気なんてない。自分の名前は嫌いだ。嫌いすぎて遠い昔、誰かにくれてやったほど。投げ棄てたと言うべきかもしれないが。
ちなみに、彼女の名前は榴兎。ザクロを食べてしまった哀れな兎。
「じゃぁ、カミさんって呼んでもいいかな」
「許可なんていりません。貴方の好きなように呼んでくだだい」
神様と掛けられていたとしても、上と掛けられていたとしても。今となってはもう関係ない。胸の奥の震えはきっと気のせいだ。
「ハッピーハロウィーン。そうだ、お外行きませんか」
「やだっ! もしかして、浮気!? ボクにあきちゃったの!?」
「そんなはずないので、心配しないでください。すっかり忘れていましたが俺、グルメな狼なんです。思い出したら急に浮き世のおいしい物が食べたくなりまして」
「う、うにぃぃっ……」
渋るのは無理もない。ここは彼女の箱庭。絵本の中から飛び出して、やっと見つけた居場所。危険を冒してまで浮き世に行く必要はない。離れたくないと思うのは当然のこと。
隔離された空間。そもそもここに来ることができるのは、迷える魂や霊だけ。俺の仕事はそいつらを還すこと。ただの掃除屋さんだ。
「戻ったらガレットを作ります」
「……」
「そうだ。毎月一回、お茶会を開くことにしましょう。もちろん、俺の手作りのお菓子がついてきますよ」
「……紅茶はボクが選ぶから」
交渉成立。
仮装しているヒトもいることだし、着替えなくてもいいか。一握りのお金と、沢山のお菓子をジャック・オ・ランタンに詰め込む。
のろのろと動き出す彼女が赤い月に向かってはにかんだ。
「……さいごはカミさんがボクをたべてね。これだけは譲れないよ」
小さく呟いた彼女の声には幸せが滲んでいる。肯定的な感情と否定的な言動。それは歪んだ俺と彼女の関係によく似ている。
薄暗いパレード。見物客は狂ったように大合唱。最後を歌えない俺は、きっと最期は笑えない。
箱庭レクイエム 琴月 @usaginoyume
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