20××年 夏休み -エピローグ-

 翌日、俺は眞姫の家へ向かって歩いていた。

 凜王に相談はしていない。

 狗山にも、今日様子を見に行くとは伝えていない。

 俺の独断だ。

 ひたすら真っ直ぐ、あいつの家に向かって歩いて行く。

 夏の暑さも、喉の渇きも忘れるくらいに――俺は、緊張に包まれていた。

 あいつの家までは、そんなに遠くはない。

 気がつけば、あの家の屋根が見え始めていた。

 昼間だというのに、人通りが少ない。

 いつものことだが、今日は一層不気味さを際立たせていた。

 そんな所に人が一人立っていれば、目立つ。

 見たくなくても、目に入る。

 それが、眞姫の家の前となると、なおさら――

「……おい、ジーさん。この家に何の用だ」

 気が立っていた俺は、強い口調で声を掛けた。

 このジーさん、以前にも眞姫の家の前にいた。

 キャバ嬢たちも謎だが、このジーさんも謎だ。

 何か関係があるならば、話を聞き出さなくては。

「え……あ……その……」

 俺がにらみつけたせいか、狼狽えるジーさん。

 怪しい。

「ここは俺のダチの家なんだよ。おかしなことをしようってぇなら……」

「ち、違います! 私は……!」

 脅され、すっかり縮こまってしまったジーさんは、観念したように素性を明かした。

「私は……長年、このお屋敷にお仕えしていた者でございます……決して怪しい者では……」

 ……お仕えしていた?

 お仕え……

 それって、漫画やドラマでよく見る……執事的な……

 朝霞家は金持ちだ。

 そういう使用人的なのがいてもおかしくはないが……

 存在するのか。執事。

「このお屋敷の主がお亡くなりになってから、我々使用人は皆解雇されてしまいましたが……私はどうしてもご子息が気になって……」

「ご子息って……眞姫のことか!?」

 俺が叫ぶと、ジーさんは目を丸くした。

「眞姫様をご存知で……?」

「ダチだっつっただろ! ――ジーさん、知っているなら教えろ。あいつはずっとこの家に一人で住んでいるのか?」

 興奮状態の俺は、ジーさんの肩を掴む。

 ジーさんは、少し怯えた様子で首を左右に振った。

「い、いえ……この家には、眞姫様の叔父にあたる人物が一緒に……」

 叔父。

 やっぱり一緒に住んでいるやつがいたのか!

「その叔父っていうのはどういう人間だ」

「亡くなられた旦那様の弟なのですが、旦那様とは腹違いの兄弟でした……」

 そう話すジーさんからは、嫌悪感のようなものが滲み出ていた。

 何だか、嫌な予感がする。

「そのせいか、お二人は昔から反りが合わず、早々に彼は家を出て行きました。元々素行の悪い人間でしたので、誰も気には留めておりませんでした。しかし……旦那様と奥様がお亡くなりになられてから、ふらっと現れ……幼い眞姫様の保護者となり……私たちは追い出されました……」

 ジーさんは、当時のことをとても悔いている様子だった。

 昔を思い出し、涙ぐんでいる。

「つまり、眞姫はその叔父と二人暮らしなのか」

「はい……。眞姫様には他に血の繋がった家族はおりません。あの男が唯一の近親者になります……。私たちにはどうすることもできませんでした……」

 そう言って、うなだれる。

 まだ、疑問はある。

「俺はこの家に、キャバ嬢みたいな連中が出入りしているのを何度か目撃している。これはどういうことかわかるか」

「先程も申し上げた通り、素行の悪い人間でございます。朝霞家の遺産を使って、遊び呆けているのではないかと」

 なんてやつだ。

 未成年がいる家に……

 しかも、自分で稼いだ金ではなく、遺産を使って。

 それって、眞姫のために両親が残した金じゃないのか?

「私は……長年朝霞家に仕えた者として、最後まで眞姫様をお守りすることができず、ずっと後悔してきました。なぜ、あのとき……眞姫様を引き取るために戦わなかったのかと、後悔を……」

「お……おい……泣くなよ、ジーさん……」

 血の繋がりには勝てない。

 わかってはいても、このジーさんはずっと悔やんできたんだろうな……

 だからこうして、今でも眞姫の様子を……

 だが、泣くにはまだ早い。

「眞姫様が心配でここへ足を運んでおりますが、会うことも許されません。あの男に見つかれば、この老いぼれめにも容赦なく暴力を振るってきます……」

「何だと」

 素行が悪いって、そこまで酷いやつだったのか!

 俺は不良だと周囲からよく言われるが、さすがに弱い者いじめはしない。

 汚ぇ野郎だ。

「ジーさん。こんなこと、本当は考えたくもないが――……」

 俺はあることを尋ねようとした。

 が、途中でその言葉が止まる。

 家の中から、ガッシャーン! と、何かが割れるような音が聞こえてきたからだ。

「何だ、今の音は!?」

 俺とジーさんは、洋館を見上げる。

「ま……眞姫様の身に何か……」

 顔面蒼白のジーさん。

 ――くそっ!

「ジーさんはそこで待っていろ! 俺が中の様子を見てくる!」

 門は鍵が掛かっていたので、よじ登るしかない。

 乗り越えられない高さではなかった。

「で、ですが……!」

「言ったろ! 俺は眞姫の友だちだ。俺だってあいつが心配なんだよ」

 心配そうなジーさんに見守られ、何とか敷地内に侵入はできた。

 門越しに、不安そうな目を向けてくるジーさんに、俺は言う。

「俺が何時間たっても戻ってこなかったら……そのときは通報しろ」

 警察は嫌だとか言っている場合ではない。

 そのくらい、弁えている。

「待ってろ。すぐに眞姫に会わせてやるからよ。泣くのはそのときにしろ!」

 安心させるために俺は笑顔を見せ、いよいよ家の中へと潜入を試みる。

 怪盗なんてやっている人間が、真正面から行くのもどうかと思ったが……

 ドアに手を掛けてみると、鍵は開いていた――。

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