20××年 夏休み -20-
「はー、楽しかった」
狗山が帰るタイミングで、俺も凜王の家を出た。
狗山は満足そうだ。
この様子だと、ろくに夏休みを満喫できていなかったんだろうな……
「……さっきの朝霞だっけ? この家に住んでいるんだよな……」
古本屋を出てすぐに現れる洋館を見て、狗山の表情はすぐに暗くなった。
そういや……この家にキャバ嬢みたいなのが入っていくのを目撃したとき、狗山も一緒にいたんだった。
ちょうど、このくらいの時間だったような……
「――あ!」
なんてタイミングだろうか。
また……また、女の集団がやって来たではないか!
「なぁ、井瀬屋。あいつ、本当にここに住んでいるんだよな!?」
「た、多分……」
昨夜、家の前で別れて、この洋館に入っていく眞姫の姿を、俺はこの目で見ているし……間違いないはずだ。
「おかしい……」
ボソッと、狗山がつぶやいた。
おかしい。
確かに、この光景はおかしい。
――女たちは、今日は俺たちに気がつかなかったようだ。
お喋りをしながら、門を開けて入っていく。
ただ……ただ、一人だけ。
最後尾にいた女と、目が合ったような気がした。
「――おい、井瀬屋! あいつに連絡してみたらどうだ!?」
「お、おう」
狗山にまくしたてられ、俺は慌ててスマホを取り出した。
以前、教えてもらった電話番号を呼び出し、通話ボタンを押す。
が……
「出ない……」
ずっと、コール音が鳴り響くだけで、留守電にもならない。
さっきまで……普通に会話をしていたはずなのに……
何で。
何で出ないんだ!
「……如月に言うか?」
「駄目だ。それは絶対に駄目だ」
なぜだかわからないが、俺は強い口調でそう言っていた。
凜王はきっと……聞いても答えてくれない。
そんな気がしたからだ。
だったら、自分で知るしかない。
かと言って……
あのインターホンを押す勇気は、今の俺にはなかった。
「狗山……今日はもう帰ろうぜ」
俺の判断に、狗山は「でも」と食い下がる。
「きっとあいつなら大丈夫だって。また……近いうちに俺が様子を見ておくからさ」
俺は眞姫のことをよく知らない。
眞姫はもしかすると、俺に干渉されることを嫌がるかもしれない。
恐らくあいつは、俺にまだ気を許していないだろうから。
その後は、ろくに会話も交わすこともなく、俺たちは帰路に就いた。
家に帰った俺は、そのまま晩飯ができたと呼ばれるまで、寝こけてしまい……
寝ぼけ眼で食事と風呂を済ませ、部屋に戻ったところで、狗山から着信が入っていることに気がついた。
時刻は二十二時を過ぎていたが、構わねぇだろうと思い、折り返す。
『もしもし!? 井瀬屋!?』
やつは、俺からの連絡を待っていたようで、やや興奮気味だった。
『どうしても気になったから俺、帰ってすぐに親父に聞いたんだ』
「聞いたって……」
まさか。
『朝霞と言えば、稲穂ヶ丘町では有名なお金持ちだったらしいんだ。ずっとこの町に、あの場所に住んでいるんだって』
「マジか……」
金持ちならば、あの大きな洋館にも納得がいく。
『で……親父の話じゃあ、俺らが小学生くらいのときに、朝霞夫妻が不慮の事故で亡くなったらしいんだ……』
「その夫妻って……」
『両親だと思う』
「――……」
今更驚くことでもない。
あの家からは人の気配がしないんだ。
眞姫に両親がいないというのは、薄々勘づいていた。
ただ、何が恐ろしいって……
「あいつは、あんなデカい家に一人で住んでいるのか?」
『それが、わからないんだ。夫妻が亡くなって、その後どうなったのかまでは、誰にもわからない。そもそも、朝霞家自体に謎が多くて……』
町長でもわからないだなんて。
『なぁ、井瀬屋……。学校であいつを見たときからずっと、俺には違和感でしかなかったのだけれど……』
狗山の声に、わずかな緊張が感じられる。
きっと、言うかどうか迷ったのだろう。
『あいつ、こんな真夏でもずっと長袖じゃないか?』
「……」
肌に問題を抱えており、日焼けに敏感なやつは、男女問わずいるだろう。
眞姫は色白だ。
どうせその類いなのだろうと、あまり気にしていなかった。
初めて会ったときから、今に至るまで……
何一つとして、気に留めていなかった。
狗山に言われて初めて、俺もその違和感に気がついた。
憶測だ。
あくまで、俺たちの想像にすぎない。
眞姫は誰かと一緒に、あの家に住んでいる。
そして……
「……悪いな、狗山。世話ばかりかけて。後は俺が何とかするよ……え? 大丈夫だって。そんな心配すんなよ。俺だってやるときはやるぜ。うん、じゃあまた」
最後の最後まで狗山は俺を心配していたが、構わずに俺は電話を置いた。
……さて。
狗山がここまでやってくれたんだ。
俺が動かないでどうする。
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