20××年 夏休み -19-

「井瀬屋……眠そうな顔してるな……」

「あ? 眠いんだから当たり前だろーが」

 翌日、昼前。

 凜王の家に狗山がやって来た。

 俺は元々凜王の所に泊めてもらう予定だったので、あの後すぐに一緒に帰宅し、話もそこそこに眠ってしまった。

 疲れていたが朝早くに凜王が起きる音で目覚め、こんな早朝から何をやっているんだと問いただせば、やつは朝食を作るなどと言うではないか。

 俺は客なのでそのまま二度寝すりゃよかったのだが、凜王一人に俺の分の朝食まで作らせるのは何だか気が引けて、寝ることを諦め、手伝った。

 ――そんなわけで、俺は寝足りない。

 狗山は、昨夜の話を聞くために、ここへやって来たのだった。

「ニュース、見たよ。日之旗陽子は元に戻ったみたいだな」

 俺も今朝、凜王の家のテレビで見た。

 特に異常もなかったようなので、早々に退院した陽子の所へ報道陣が押しかけていたが、彼女は終始「何のことかわからない」といった顔をしており、話が噛み合っていない様子がひたすらに映し出されていた。

 怪盗フェイクは何も盗めなかったのか。

 何がしたかったのか。

 様々な憶測が飛び交っていたが、そのうちこの話題も消え去ってしまうのだろう。

「……で、今回の種明かしをしてもらってもいいか。陽子どうやってランドが破壊していく光景を見せたんだ?」

 魔女が出てきたり、むっちゃんに遭遇したりですっかり聞きそびれてしまっていた。

 俺が尋ねると、狗山は「え?」という顔をした。

「井瀬屋お前……何も聞いていなかったのか?」

 聞いてねぇよ。

 何も教えられないまま、本番を迎えたっつーの。

 マジか。と、狗山は凜王を見るが、素知らぬ顔である。

 そういうことだから、説明してくれ。

「えっと……ランドが破壊されたように見えたのは、ただの映像だよ」

 映……像……?

 んなバカな。

 超リアルだったぞ……

「大前さんに頼んで、作ってもらったんだよ……。ホラ、そこはランドだからさ。アトラクションに使われている技術を活かして、準備してもらったんだよ」

「……」

 すっかり騙された。

 あの揺れも爆発音も、仕込まれたものだったってことか。

 どうやったんだとか、色々突っ込みどころはあるが……もういい。

 聞いているだけで頭が痛くなってきた……

「その様子だと、この作戦は成功だったみたいだな。日之旗陽子のことも騙せたんだろう?」

「ああ……」

 狗山のやつめ、楽しそうにしやがって……

 陽子が一番大事にしているランドがなくなればどうなるか。

 作戦会議のとき、狗山がそんなことを言っていた。

 それを破壊という形で現実にした。

 ……実際には映像だったが。

「それで……何かわかったのか? 俺の親父のときみたいに、豹変した理由について……」

 狗山が一番知りたかったのは、それだろう。

 けど……

 魔女の仕業でしたなんて言えるわけがないし、狗山の親父の件もあの魔女がやったことなのかどうかもまだはっきりしていない。

「――そのことについては、まだ調査中だ。現段階では何も言えない」

 凜王がきっぱりと、そう言ってくれたおかげで俺は、何も言わずに済んだ。

「……そっか」

 狗山もバカじゃない。

 空気を読んで、それ以上の追及はしなかった。

「サンキューな、狗山。オッサンにも礼を言っといてくれよ」

 この一件は、狗山たちの協力がなければ何もできなかった。

 ……ランドを盗むという目的を果たせたかと言われれば、果たせていないがな。

 でも、俺たちには敵がいるということを知れた。

「つーか狗山よ。お前、俺たちに協力なんてしている場合か? どうせ塾とかあるんだろ」

 優等生はきっと、夏休みでも忙しいに決まっている。

「息抜きする時間くらいはあるよ。まぁ、修学旅行のしおりを作らなきゃいけないから、バタバタしているっちゃあしているけど……」

「げ。お前、そんなことまでやっていたのか」

 クラスの行事に無関心な俺は、ちっとも知らなかった。

 にしても、修学旅行かぁ……

「十月だったっけ? 中途半端な時期だよなぁ」

「そうだなぁ……それに、十月なんて、夏休みが明けたらすぐだぜ」

 本当だ。

 あっという間じゃねぇか。

「おい、凜王。自由行動のときは一緒に……」

「修学旅行だとぉぉぉぉぉーっ!?」

「わーっ!!」

 突然、隣の家の窓が壊れんばかりの勢いで開いたので、俺と狗山は共にテンプレのような叫び声をあげてしまった。

 クーラーを入れているのに何で窓を開けているのんだ思っていたが、眞姫のためかよ!

 ずっと聞いていたんかい!

「修学旅行だと……!? 貴様ら、凜王と外泊をするというのか……?」

 外泊言うな。

「お前は学校が違うもんな。残念だったな」

「……」

 なぜか言い返してこない眞姫。

 不気味だ。

「え? この間学校にいた、石槻の生徒……だよな? 何でいんの? 如月の家の隣に住んでいるのか……?」

 困惑した様子で、狗山が小声で聞いてくる。

 そうだった。

 一応面識はあるのか、こいつら。

「……あっ。そういや日之旗陽子も石槻だっけ? もしかして……」

 勘がいいな。さすがは狗山……

「クラスメイトなんだってよ。朝霞眞姫っつーんだ、こいつ。俺よりもずっと前から凜王と知り合いなんだとさ……」

「そうなのか……。じゃあ……」

「そういうこった」

 皆まで言わずとも、言いたいことは大体わかった。

 怪盗フェイクのことは知っているのか?

 答えはもちろん、イェス、だ。

「修学旅行……そんなものすっかり忘れていた……凜王の貞操が危うい……何て破廉恥な行事なんだ、修学旅行……何とかせねば……!」

 ブツブツと何か言い出した眞姫の目が、完全にヤバいやつだった。

 修学旅行を何だと思っているんだ、こいつは。

 凜王は無言でぴしゃりと、窓を閉めた。

「今のは忘れろ、狗山」

「は、はい……」

 じゃあ最初から窓を閉めておけ。

「昼飯でも食うか……。狗山、お前も食べていくか?」

「え? マジで? いいのか?」

「ああ、構わない。――惣一、手伝え」

「ええーっ、またかよ……」

「何だよ、お前ら。自分たちで作る気か」

「そうだぜ。朝も手伝ったんだからな……」

「えー! じゃあ、俺も手伝うよ。何だか家庭科の調理実習みたいだな」

 今思えば、このときの俺たちは呑気だったと思う。

 わいわい言いながら、三人で台所へ向かった。

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