20××年 夏休み -18-

「え!? じゃあ、日之旗陽子は、あの魔女に乗っ取られてたってことか!?」

 気絶したオッサンと陽子を病院まで送り届けるべく、手配だけしてランドを後にした俺たち。

 猫のやつは何も食えなくて不機嫌だったが、俺は一人驚きっぱなしだった。

「ということは、ここ数日の彼女の言動は全て、その魔女によるものだったと考えていいのか?」

 眞姫が再確認をすると、「ああ」と、クローバーは頷いた。

「ちょ……ちょっと待てよ。魔女とか普通に言っちゃってるけどさ、それってそもそも何なんだよ? そんなものがこの世界には存在していたのか?」

 喋る猫がいるなら魔女がいてもおかしくない……けど!

 魔女がいるなら魔法もあるってことになってしまう。

 ああ……どんどん俺の生きる世界が非現実的に……

「お前たちが知らないだけだよ。力のないお前たちと、魔法使いは住む世界が違うだけだ。その中でもさらにあいつら……魔女は特殊なんだ」

「特殊……?」

「魔女は箒の乗って空を飛べたり、未来を見たり、人を惑わす力を持っている。あいつらは魔法使いの中でも特別。その特別さを知らしめるために、国を持っているって噂だ」

 そう話すクローバーからは、嫌悪感が滲み出ていた。

 何か、魔女ともめたことでもあるのだろうか。

「自分たちの国を持ってどうする。魔女たちは世界でも支配する気なのか」

「俺様がそんなこと知るかヨ!」

 クローバーは、毛を逆立てて怒る。

 眞姫に当たってもしゃーねぇだろ……

「その……魔女がいるってことはわかったけどよ。あいつの目的は何なんだよ?」

「さぁな。眞姫が言うように、世界を支配したいのかもしれない。だが、今日会ったあいつは、恐らくはぐれ者だ」

「はぐれ者?」

「時々いるんだよ。国を抜け出して好き勝手やってるやつが……。また邪魔をされるかもしれない。用心しろよ」

 用心っつったって……向こうは魔法を使うんだろ?

 俺たちが魔女に対抗できるとでも……?

 ……まさかとは思うが、凜王ならできるとか言わねぇよな?

 俺は、さっきから一言も喋らない隣の男をチラリと見た。

 怪盗フェイクのときはまるで別人のようだが、今はすっかり如月凜王に戻ってしまっている。

 こいつは本当……何を考えているのかわからない。

「――おい! そこの君たち! こんな時間に何をしている!」

 突如背後から声を掛けられ、ビクッとする。

 そこの君たちって……俺らしかいねぇよな。

 二十二時になろうとしている住宅街には、出歩いている人間などいなかった。

「……って、お前は!」

 大人しく振り向くと、自転車に乗ったおまわりさんがいたというのは、何となく予想はできただろう。

 怪盗なんてやっている手前、あまり警察には出くわしたくないが、今回のは訳が違った。

「おっ? むっちゃんじゃん!」

 顔見知りの警察官だった。

「むっちゃん言うな! 君というやつは、何度言えばわかるんだ! ついに仲間まで……」

 なぜか、むっちゃんの言葉が途中で止まる。

「仲間……?」

 そして、首を傾げる。

 おいこら。

 俺に仲間がいておかしいかよ。

「カツアゲ……?」

「何でそうなるんだよ! 仲間でいいだろ!」

 これのどこがカツアゲをしているように見えるんだよ。

「そうか……君にも友だちがいたんだな……」

「ちょ、やめてくれる。温かい目を向けるの」

 友だちがいないと思われてたのかよ。

「惣一。警察官の知り合いがいたのか」

 お前は何で今喋りだすんだよ、凜王。

 ずっと黙っていたくせに。

「知り合いっつーか……よく補導されていたんだよ、このむっちゃんに」

「だから! むっちゃん言うな!」

 と、叫ぶむっちゃん。

「何だ……お前、本当に不良だったんだな」

「その設定、一応生きていたんだな」

 凜王と眞姫が好き勝手言い始める。

 設定言うなし!

「むっちゃんには世話になったと思ってはいるんだぜ。これでも」

「そうか。なら、その呼び方はやめろ」

 せっかく親しみを込めて呼んでいるのに。

 つれないなぁ。

「なー、今日は勘弁してよ、むっちゃん。夏休みだしさ。こいつらと遊びに行った帰りなんだよ。今まさに家へ帰ろうとしているとこ」

 うんうん。と、凜王と眞姫が頷く。

 お前ら……白々しいからやめろ……

「本当か……?」

「マジだって! ランドに行った帰りで、駅から家に向かって歩いてんだよ」

 俺としたことがつい余計なことを言ってしまったが、嘘ではない。

「ランド……?」

 恐らく、怪盗フェイクのことが頭を過ったに違いない。

 むっちゃんは、顔をしかめた。

「そんなに疑うなら、チケット見せようか?」

「いや、いい……。それより早く家に帰りなさい。夏休みだからって浮かれるんじゃないぞ」

「さっすがむっちゃん! サンキュー!」

 このタイミングで補導されるのは色々と面倒なので、ひとまずは安心だ……なんて思っていると、神妙な面持ちで、むっちゃんが俺に向かって手招きをしてきた。

「何だよ?」

 近づくと、凜王と眞姫に背を向け、彼は声を潜めてこう言った。

「あの二人、本当に君の友だちなのか?」

「そうだって言ってるじゃん。嘘はついていねぇし、カツアゲもしてねぇからな」

 俺を素行の悪い問題児だと認識しているむっちゃんからすれば、俺たちは奇妙に見えるのだろう。

「その……何だ。変わった友だちだな……?」

「……」

 ああ……そっちね。

「むっちゃん……否定はしねぇけど、警察官があまりそういうこと言うのはよくねぇと思うぜ」

「そ、そうだな。悪かった」

 高校生の指摘に、素直に謝るむっちゃん。

 真面目だなぁ。

「んじゃあ、俺ら行くわ。むっちゃんも仕事頑張ってー」

「むっちゃん言うな!」

 最早決まり文句のようになっているむっちゃんに見送られ、俺たちは再び歩き始めた。

「あー、ビックリした。警察ってやつは、急に現れるから困るな!」

 どこへ行ったのかと思いきや、猫は猫らしくよそ様の家の塀を伝って歩いていた。

 クローバーは黒猫なので、上手く闇に紛れてむっちゃんの目から逃れていたらしい。

「惣一! 警察に知り合いがいるならさっさと言っておけよ!」

 なぜか怒られた。

「言っておくけど……むっちゃんってただの交番勤務のおまわりだぞ? そこまで気にすることじゃねぇだろ……」

 ちなみに、稲穂ヶ岡公園の近くにある交番だ。

「そのむっちゃんって言うのは何なんだ」

「あー……」

 陸路六巳りくろむつみ

 それがあの人の名である。

 初めて俺がむっちゃんに補導されたとき、彼はどうやら俺を家庭環境に問題があり非行に走った可哀想な子だと勝手に勘違いしたようで、とても親身になってくれたのだ。

 ご親切にフルネームまで教えてくれた次第である。

 ――なので、俺の両親を見たときのむっちゃんの顔は今でも忘れない。

 俺の家は、至って普通だ。

 ビックリするくらい普通だ。

「貴様……最低だな」

「何でそうなった!?」

 眞姫に白い目で見られるとは!

 なんたる屈辱!

「と……とにかく、むっちゃんのことは気にすんな。脅威でも何でもねぇだろ」

 だったらいいけど……。と、納得していなさそうな様子で、猫はつぶやいた。

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