20××年 夏休み -14-

 凜王や眞姫のことで何だかもんもんとした気持ちで、俺は特に何をするわけでもなく、無駄に毎日を過ごしていた。

 ――狗山から連絡がくるまでは。

 再び凜王の家に集合することになり、俺は意気揚々と家を飛び出した。

 途中、アイスなんか買ったりして。

 自分の分と、凜王の分、狗山の分に……一応眞姫の分も。

 ミツバさんには少し高いアイスを買って、クローバーには猫缶だ。

 とにかく俺は、外の暑さなど忘れて急いで向かった。

 眞姫のところのバカでかい家が見えてきた。

 あと少しだ――。

 マラソンランナーにでもなった気分で、ゴールに向かって走っていたが……

 俺は、途中で足を止めてしまった。

 というのも、眞姫の家の前に人がいたからだ。

 この間みたいな、派手なねーちゃんじゃない。

 普通のオッサン。

 いや、ジジイかもしれない。

 初老の男性が、門の前で家を見上げていた。

 その横顔は……さみしいような、悲しいような……そんな表情だった。

 俺がじっとそのオッサンを見ているもんだから、向こうもその視線に気づいたようで、俺のほうを見た。

 やっべぇ!

 変な人だったらどうしようかと少し焦っていると、ぺこりとオッサンは俺に頭を下げたではないか。

 俺もつられて頭を下げる。

 そして彼は、そのままどこかへ行ってしまったのだった……。


「いらっしゃーい、惣一君。お友だちはもう来てるわよぉ」

 もやもやしたまま、俺は隣のオンボロ本屋ののれんをくぐった。

 ミツバさんはこの暑さにやられてか、だらけていた。

 お友だちというのは、狗山のことだろう。

「ども。あの……ミツバさんにもアイス買ってきたんで、どうぞ」

「え!? 本当に!?」

 さっきまでの脱力感はどこへやら。

 差し出したアイスに飛びかかってきたので、俺はすぐに手を引っ込めた。

「きゃー! これ、新作じゃないの! やるわね、惣一君! ありがとう!」

「どういたしまして……。あ、冷凍庫借りてもいいですか。眞姫の分も買ってきてて……」

「ええ、もちろん。好きに使ってちょうだい」

 お邪魔しまーす。と、俺は家の中に入った。

 もう何度も出入りしているので、キッチンの場所は把握している。

 冷凍庫に眞姫の分のアイスを入れてから、俺は二階の凜王の部屋へと行こうとしたとき。

「遅い! 何やってんだ、惣一!」

 ダイニングテーブルの上に黒猫が飛び乗り、いきなり俺に説教を始めたではないか。

「あの狗山ってやつはもう来ているのに……お前ときたら……」

「ああ、ちょうどよかった。お前にも土産があるんだよ」

 俺は猫缶を開けて、サッと机の上に置いた。

 単純なことに「にゃー!」と叫んで、一目散に猫は餌に飛びついた。

 ……バカなやつめ……

 そんな猫を横目に、俺はギシギシとうるさい階段に足を乗せたのだった。


「よう、井瀬屋」

 部屋に入ると、狗山が手を挙げた。

「悪ぃ。遅くなって。ほれ、アイス買ってきてやったぞ」

「おー! サンキュー!」

 俺は二人にアイスを配り、適当な場所に腰を下ろした。

「それで。どうなったんだ?」

「ああ、如月には先に少しだけ話しちゃったんだけど……」

「俺には簡単でいいぜ」

 あんまりごちゃごちゃ説明されてもわかんねぇしな。

「とりあえずまぁ、話はできたよ。……思いのほか蝶乃がノリノリで、俺はそっちのほうが怖かったけど……」

 何となく予想はできる……

「でも、蝶乃がいてくれたおかげで助かった。あいつが結構情報を引き出してくれたんだ」

 さすが蝶乃。

「日之旗陽子の様子がおかしくなったのは、親父さんが倒れて、ランドの経営責任者が大前さんになってからだって言ってた。彼女の両親もまるで、人格が変わったみたいって、大前さんに相談してきたらしいんだ。突然、あんなふうにメディアの前に出て、自分がランドのオーナーだって言うような真似はもうやめてほしいって……」

 聞けば、両親は相当まいっているそうだが、止めても聞かないそうだ。

 親父さんはまだ入院中だし、娘ときちんと話すこともできていないとか。

「今の彼女にとって、一番はランド……。そのランドがなくなれば、どうなるのかなって、俺はちょっと思ったんだ」

 なくなる……

 いくら何でもそれは……

「蝶乃からの提案はこうだ。彼女の依頼を受けるフリをして、裏切るんだ」

「依頼を受けるって……日之旗陽子のためにランドを盗むってことか?」

 俺の問いに、狗山は頷く。

「裏切るって、どうやって」

「大前さんがそこは協力してくれることになっている」

「方法はもうすでに聞いてある。狗山が考えた方法でいくぞ、惣一」

 えっえっ。

 確かに説明は簡単でいいって言ったけど、それじゃあ何が何だかわからないんですけど……

「ほとんど蝶乃が考えたんだけどな……」

 いや、どっちでもいいよ!

 どっちでもいいから、誰か俺に作戦の内容を教えて!


 ……そんなわけで、翌日、七月二十五日。

 ファンタスティック・マジカルランドの代理責任者、大前浩のもとへ一通の手紙が届いた。


 日之旗陽子の命により、来る八月一日、空に火の花が舞うとき、ファンタスティック・マジカルランドを頂戴しに参る。


 差出人は、もちろん怪盗フェイク。

 一人の女子高生を騙すためのショーが、始まろうとしていた。

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