20××年 夏休み -7-

 今度の狙いはファンタスティック・マジカルランド。

 何をどう盗むのかは、さっぱりわからない。

 その衝撃的な発表から一週間。

 何の音沙汰もないまま、テスト期間に入ってしまった。

 さすがの怪盗様も、何だかんだ言ってテストの間は大人しくしているようだ。

 さて、俺の出来具合なんて聞きたくもないだろう。

 赤点を免れりゃ何でもいい。

「よっしゃー! 解放されたぜー!」

 蝉がやかましく鳴く中、俺は思いっきり伸びをした。

「凜王、もうそろそろあれから時間もたったし、動き出してもいいんじゃねぇのか?」

「そうだな……」

 俺たちは並んで、正門に向かって歩いていた。

 テスト期間中は、午前で終わるからラッキーだ。

 それに、もうすぐ夏休みだし。

 ああ、なんて清々しい気分だ!

 暑さとかどうでもよくなるな!

「家で作戦会議でもするか……」

 凜王がそうつぶやいたときだった。

「――おい! 如月凜王!」

 誰かが、フルネームで俺の隣にいる人間を呼んだ。

 何だ……?

 と、俺たちは同時に振り向いた。

「……? 白井……?」

 そこには、同じクラスの白井が立っていた。

 そして、やつは陸上部のユニフォームを身につけていた。

 これから部活なのだろう。

 そんなやつが凜王に何の用だ?

「もう一度、俺と勝負しろ!」

「は?」

 本人ではなく、俺がそう言ってしまった。

 勝負?

 もう一度?

「体育のときはよくもまぁ、俺に恥をかかせてくれたな! お前みたいなやつが俺より速いなんて、絶対にあり得ない!」

 あぁ……思い出した。

 そういや体育の100m走で、凜王が華麗に陸上部のエースである白井を負かしたんだっけ。

 まさか、根に持っているとは……

「あのときの屈辱、晴らしてみせる!」

 気がつけばギャラリーも集まっており、白井ファンの女子たちの黄色い歓声も聞こえてきた。

 こいつ、エースだし顔も悪くないから、女子ファンが多いんだよな……

 対して我らが凜王は。

 いつもぼっちで、ひたすら存在を消そうとしているので、冴えない地味男子のイメージが定着している。

 こいつが普段通りにしていると、女子たちが黙っているわけない……

「あーあ……何だか大変なことになっちゃっているね」

 いつの間にか隣に狗山が立っていて、俺は「わっ!」と、叫んでしまった。

 そんなに驚くなよ。よ、狗山は笑う。

「白井ってさ、結構プライド高いんだよね。あの体育の一件以来、ずっと気にしててさ……」

 そっか。

 狗山も陸上部だっけか。

「……仕方ないな……」

 凜王は諦めたのか、やれやれとため息をついた。

「勝負して気が済むのなら、いくらでも走ってやるよ」

 こちらに見向きもせずに、凜王は鞄を投げつけてきた。

 いってぇな。

 狗山のほうには眼鏡が飛んできた。

 その仕草があまりにも堂々としていたためか、周囲の白井ガールズたちはハッと息を飲んだ。

 あ……本気で勝ちに行く気だ……

 しかも今、女子たちが凜王の可能性に気がついてしまった……

「で? 何m走だ? 体育のときと同じく100mか?」

「お前……そんなキャラだったのか……」

 さすがの白井も少し驚いているようだった。

 そりゃそうだよな。

 クラスの地味男子がまさかこんな上から目線でくるとはな。

 誰が想像するだろうか。

「あ……ああ……そうだな。100mでいこう」

 誰が指示したのか、グラウンドにはラインが引かれ、審判まで配置されていた。

 ギャラリーもさらに増えている。

 ちょっとした騒動になっているじゃねぇか。

「それでは。位置について! よーい」

 パンッ! とピストルが鳴り響いた。

 ……結果は言うまでもない。

 もちろん、二人が競っている様子を描写する必要もないだろう。

 だって、凜王の圧勝なんて最初からわかっていたことなのだから。

 凜王の身体能力は普通じゃない。

 本気を出した凜王に勝てるわけないんだ。

 そもそも今も本気なのかどうかわからない。

 俺だってその全貌をまだ見たことがない。

「いやぁ……すごいなぁ……」

 狗山は隣で感心していた。

 俺もすげぇと思うよ、本当……

「なぜだ……なぜこの俺が……」

 白井は地面にひざまずき、うめいている。

 一方の凜王は、疲れた様子を見せることもなく、俺たちのほうへ戻ってこようとしていた。

 ――が。

「如月君すごぉーい!!」

「走るの超速いんだね!?」

 手のひらを返したように、白井ガールズに囲まれた。

 ちくしょうめ。

 凜王は困った様子だったが、俺も狗山も助けに行こうとはしなかった。

「……モテる人はいいですなぁ」

「全く」

 棒読みでそんなことを言っていると、後ろでドサッと何かが落ちる音がした。

 何だ……?

 振り向いた俺は、そこにいたものを見てぎょっとした。

「凜王が……女子に囲まれている……?」

 うちの学校より何倍も洒落たブレザーを着た他校の生徒が、身を震わせて立っていた。

 その顔に、俺は見覚えがあった。

「え……あ……眞姫……ちゃん? 何でここに……」

 朝霞眞姫。

 凜王の隣人で、彼女……ぽい変人。

 あれ、でも、何で。

「け……汚らわしい! 凜王から今すぐ離れろ! 雌豚どもめ!!」

「ちょっ……落ち着けって! 言葉遣いよくねぇぞ!」

 俺と空気を読んだ狗山は、慌てて眞姫ちゃんをおさえにかかった。

 何しでかすかわかんねぇな!

「許さん……呪ってやる……」

 怖ぇな!

「ここで何してんだよ。しかも学校の中にまで入ってきて……」

 先公に見つかったらまずいだろ。

「どうせなら凜王と一緒に帰ろうと、ここまで来たんだ……。何やら騒がしいから外から様子を見ていると、凜王の走っている姿が見えたから……」

 それでつい入ってきてしまったというわけか。

「つーか……一つ聞きたいんだけど……」

「何だ……ヤンキーよ……」

 ヤンキー言うなっつぅの。

「……制服……」

「は? 制服?」

「石槻って……スラックスしかねぇの?」

「……は?」

 ポカンとした後、質問の意味を理解したのか、やつはニヤリと笑った。

「そうかそうかぁ。貴様、この俺を女子と思い込んでいたな?」

 ……ぐぁーっ!!

 まさかとは思ったけど、そうだったのかぁー!

 うわー!

 恥ずかし!

 俺、恥ずかしっ!

「まぁ、無理もない。これまで何度もあったからな。今更貴様を咎めようとも思わんよ」

「う……ぐっ……紛らわしいんだよ!」

「何が」

「髪なんか伸ばしやがって!」

「凜王がこのままでいいと言うから」

「……自分のこと名前で呼びやがって!」

「ん? それは凜王の前だけだが」

 知るかよ!

 凜王の前でしか会ったことないってぇの!

 ……あぁ……もう眞姫ちゃんって呼ぶの、やめよう……

 そんでもって、変に気を遣う必要もなくなった。

「痛いな……本当……」

「男とわかった途端、態度が豹変したな」

 当たり前だろ。

 凜王の彼女じゃないということもわかったし……

 ……ん?

 ということは?

「……凜王への感情は?」

「凜王は俺の全てだ!」

「そうですか……」

 よくわかった。これは執着というやつだ。

「残念だったな、惣一郎君よ。俺が女子だったならば、フラグの一つや二つ立ったかもしれんが、生憎凜王への想いは誰にも譲れんからな!」

 フラグなんて立たなくていいし、惣一郎君って誰だよ。

「なぁ、井瀬屋。この人お前の友だちなのか?」

 完全置いてけぼりになっていた狗山が俺を突く。

「友だちっつーか……」

 友だちって言いたくねぇな……

「眞姫……わざわざここまで来たのか」

 女子から解放された凜王が、フラフラと戻ってきた。

「凜王! さっきのはどういうことだ? やたらと女子に囲まれて……一体何をされた!?」

 眞姫はあわあわしながら、凜王の乱れた髪をまた直している……

「うるさい。別に何もされていない。それよりお前、他校の人間なんだから、むやみに入ってくるな。目立つ」

 十分目立ってるし。

 何言ってんだ、今更。

「すまない……いてもたってもいられなくて」

「さっさと出るぞ」

 凜王は俺と狗山からそれぞれ荷物をひったくり、正門に向かって歩き出した。

 後を追う眞姫。

 俺は狗山に「じゃあ」と挨拶をし、二人を追いかけた。

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