20××年 夏休み -3-

待ちに待っていない、翌週の日曜日。

駅で待ち合わせということで、俺は時間通りに最寄り駅を訪れた。

切符を買う前に、凜王の姿を探す。

「おーい」

誰かを呼ぶ声が聞こえてきたが、女の声だったので俺ではないだろう。

しかし、なぜか俺に向かって手を振っている女がいた。

知り合いでも何でもない。

見たこともない女だ。

勘違いかと思ったが、どう見ても俺に手を振っている。

もしや、俺が忘れているだけで、知り合いなのか……?

どう反応すべきかと悩んでいると、女の方から俺に近寄ってきた。

背が低めで童顔の、桃色のワンピースを着た可愛らしい雰囲気の女だった。

「やっと来たな。凜王はあっちだ」

「は……凜王?」

凜王の知り合い?

ちょ、ということは。まさか!

「何て顔をしているんだ。早く行くぞ」

「いや、あの、あなた様は……」

動揺のあまり、言葉がおかしかなる。

「さっきら何なんだ。……あ。そうか。お前は俺様の力をまだ知らなかったな」

「……俺様?」

そんな一人称を使うやつ、身近にいたような……

「……クローバー……?」

「いかにも」

ドヤ顔である。

う……

「嘘だ!」

「嘘なわけあるか。俺様は俺様だ」

いやいやいや!

猫が人間に化けるなんて!

化け猫じゃねぇか!

いや、そんなことよりもだな。

「お前……本当はメスなの……?」

「オスだが」

「……何で女子に化けた」

「その方が華があるかと」

余計なお世話だ。

「つーか、喋る上に人間になるって!? 一体この世界はどうなってんだ!?」

「世界に問い合わせても仕方がないだろう」

じゃあ誰に問い合わせるんだ!

でも、これで合点がいった。

この間の妖精の髪飾りのとき、こいつが囮になれたのは人間になれたからだ。

「ふふん。これでペット不可など言わせんぞ」

「そんなに行きたかったのか……」

あんな所、人の多さに頭がおかしくなるだけだぞ……

夏の夜は花火が上がるとかなんとかで、さらに客数が増えているしな。

「クローバー。勝手にどこかへ行くな。はぐれたらどうするんだ……」

お。やっと凜王のお出ましか……

少しホッとして見ると、いつも通り伊達眼鏡をかけた私服姿の凜王の後ろに見慣れぬ人物が立っていた。

真夏の太陽とは疎遠のような白い肌、長く黒い美しい髪は一つに束ねた、スラリと背の高い美人。

……俺と凜王の身長は大体同じくらいだ。

その人物の方が、ほんのわずかに高い……

俺……自分より背の高い彼女は嫌だなぁ……

服装は至って地味なパンツ姿である。

「えっと……」

「マキ、こいつが惣一だ」

やっぱりこれが……噂のマキちゃん……

なんか……想像通りというか、違うというか……

とてもあの洋風な家に住んでいるとは思えないほど、和風というか……

「よ、よろしく。俺は井瀬屋惣一。凜王と同じクラスなんだ」

「……チッ」

……え?

俺としては、至極友好的な笑顔で挨拶をしただけなのだが。

なぜ舌打ちをされなければいけないんだ?

もしや、笑顔が足りていなかったか?

朝霞眞姫あさかまきだ。貴様のことは聞いている。凜王を手伝っているか知らんが、図に乗るなよ」

「……」

何で初対面でこんなことを言われにゃなんねぇんだ?

怒ってんの?

やっぱ俺ついてくるべきじゃなかったよね?

これ、100%デートを邪魔されて怒ってるよね?

ほらぁ〜

俺やっぱいるべきじゃなかったんだよ〜

「で、このちんちくりんは何だ」

俺への興味は失ったのか、今度はクローバーが標的になった。

「ち、ちんちくりんとは何だ! 失礼な!」

クローバーは顔を赤くして怒る。

「クローバーだよ」

「……それは、例の喋る猫のことか? どこからどう見ても人間にしか見えないが」

「俺様はすごいからな! 人間にだって化けられる!」

「猫のくせに人間のフリをするとは。図々しい」

「……」

どんまい……

わかるよ、その気持ち……

「さぁ、早く行こう、凜王。時間がもったいない」

「引っ張るな」

眞姫は凜王の腕を取り、改札へと向かう。

取り残される、俺たち。

「……惣一。俺様帰りたくなってきた」

「うん……俺も……」

あぁ……先が思いやられる……

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