20××年 夏 -16-
稲穂ヶ岡町の公民館といえば、かなり年季が入っており、まるで歴史建造物かのような、趣のある建物だ。
学校の絵画コンクールの会場になったり、昔子ども向けのイベントか何かで訪れた記憶がある。
ここ最近の思い出としては、高校内で行われた合唱コンクールの会場となったことだろうか。
何かしら町内のイベントがそこで開催されている。
そして! 来たる来週末!
狗山町長の宝物、妖精の髪飾りがかの場所でお披露目されることとなった!
これは見に行かないとな!
……なんて茶番はさておき。
時の流れなどあっという間で。
俺たちは展示会初日に公民館へと、一般客としてやって来ていた。
男二人で、日曜に公民館へ訪れるなんて……
何をやっているんだか、本当。
老若男女、様々な人が会場にいたので、目立ちはしなかった。
「それにしても人多いな!?」
明らかに町の人口以上にいるのでは。
そんなにみんな、このガラクタに興味があるのか。
他にも何か展示されているが、誰もそちらに興味を示さない。
「ここの警備やセキュリティが気になるな」
「今この状態でそんなことを聞くなよ!」
他の人に怪しまれるから!
凜王は平然としているが、俺は人の波に流されまいと必死だった。
結局、髪飾りも見たが、遠すぎたのと人が多すぎたのとで何だかよくわからなかった。
古びたそれっぽいものが見えたくらいだ。
「死ぬかと思った……」
公民館を出て、敷地内のベンチに俺は腰を掛けた。
「人多すぎんだろ……国宝じゃああるまいし……」
「公民館って、どこまで入っていいんだ?」
「お前は仕事熱心だな……」
頼むから休憩させてくれ。
「館内の見取り図は持ってきたが……職員しか立ち入れない場所もあるはずだ。そういった所も調べる必要があるな……」
凜王はパンフレットを広げている。
もう好きにしてくれ。
「やれやれ。だらしないな。こういうとき人間って役に立たないな」
どこからか声が聞こえてきた。
何だ? 今の。
「ここだ、ここ」
「え? うわっ!?」
背後の茂みから猫が現れた。
「クローバー。ついて来たのか」
「お前らだけじゃ心配だったからな」
心配も何も、ただ鑑賞しに来ただけだし……
「さすがの凜王でも入り込めない場所があるようだな。どれ。俺様が一つ探ってきてやろう」
「猫が公民館内に入り込む方がどうかと思うけど」
見つかったらどえらい騒ぎになるだろう。
「最悪お前、保健所行きだぞ」
「そんなヘマするもんか! もしそうなったとしても、凜王が迎えに来てくれる!」
「保健所ってどこにあるんだ?」
そういう問題じゃねぇよ。
「とにかく! こんなところで話していても埒が明かない。俺様は侵入するぞ!」
勝手にすれば。と言う前に、猫は走って行ってしまった。
「……暑いし、どっか入らね? 俺、喉渇いた」
「そうだな」
俺たちは、近くの喫茶店へと向かったのだった。
世間話をし、お茶をして午後の一時を過ごした後、店を出た。
そこで凜王がミツバさんから買い物をお願いしたいというメッセージを受け取り、俺も一緒におつかいにつきあった。
稲穂ヶ丘町ではなく、歩いてすぐそこの隣の町に大きなショッピングセンターがある為、そこで頼まれた物を買い、ついでに自分たちの洋服なんかも眺めたりしていたら、いい感じの時間になった。
ついでに晩飯も食うかと、フードコートで食事を済ませた頃には日が落ちようとしていた。
「そろそろ帰るか」
「そうだなー。久々にダチと飯食ったわ」
不良のレッテルを貼られている俺だが、何だかものすごく充実した一日を過ごした気がする。
「何か忘れている気がするんだが……」
「ん? ミツバさんが欲しいって言ってた物は買っただろ?」
「そうだけど……」
一体何が気になっているんだ?
「んまぁ、ここで考えていても仕方ねぇし、歩こうぜ?」
「あ!!!」
帰宅を促した瞬間、凜王は声をあげた。
「クローバー!」
「……あ」
そうだ。
すっかり忘れていた。
「いや。でもさすがに帰ってるんじゃねぇか?」
「姉さんに聞いてみる」
凜王はメッセージではなく、ミツバさんに電話をかけた。
「あ、もしもし。俺だけど……ああ、うん。そう。惣一とまだいる。もう帰る。あのさ、クローバーは? え? 帰ってない? ううん、何でもない。……それじゃあ」
帰ってねぇのか。
「……公民館へ戻るか」
電話を終えた凜王にそう言い、再び俺たちは公民館へと足を運んだ。
さすがに閉館時間なので、昼間と打って変わってガランとしていた。
建物内には入れないが、周辺の敷地には入れる。
さっき俺がへばっていた所まで行くと、
「クローバー!」
昼間、俺が座っていたベンチにポツンと、黒い猫が座っていた。
「まさか、ずっと待っていたのか……?」
「うるせぇ! 別に待ってねぇよ!」
猫はふて腐れていた。
「その……ごめんな?」
さすがに申し訳なくなってくる。
「うるせぇ! 謝るな! 俺様が惨めだろうが!」
猫は俺たちに背を向ける。
「大体お前ら今までどこに行ってたんだ!? 俺様が潜入調査をしてやってたというのに!」
「……ショッピングモール……」
「ショッピング……モール……?」
信じられないという目で、こちらを見た。
「お……お前らなんて嫌いだぁぁぁぁ!!!」
猫はそう叫び、走り出した。
「ちょっ……おい! ごめんって!」
「クローバー! 謝るから! 一緒に帰ろう!」
猫の走るスピードに人間の俺たちが敵うはずもなく、あっという間に姿を見失ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます