20××年 夏 -14-
俺たちは病院にいた。
信号待ちをしていて、事を目撃した人が救急車を呼んだからだ。
狗山は、点滴を打ってもらい病院のベットで深い眠りについていた。
やはり、日頃の睡眠不足やら疲労やらが祟ったようだ。
「……こんなことになるとは……」
狗山が眠っているのを見て、俺はボソッとつぶやいた。
「そろそろお暇しよう」
「……そうだな」
凜王に言われ、俺は立ち上がった。
狗山の母親に挨拶を、と思ったが、さっき携帯電話を片手に病室を出たきり戻って来ない。
黙って帰るわけにいかないしな……
「……いや、狗山の母親は廊下で電話をしている。恐らく、相手は……」
凜王の言葉に、俺は「あ」と、声を上げた。
言いたいことはわかった。
俺は鞄を掴み、先に病室を出た。
凜王の言う通り、血相を変えてやって来た彼の母親は声を抑えて電話をしていた。
「……息子が倒れたんですよ!? どうしてあなたはそんなことが言えるんですか!」
我慢できなくなったのか、彼女は声を荒げた。
電話の相手はやっぱり……
「何時になってもいいので、とにかく病院へは必ず来てください!」
彼女は電話を切り、こちらを振り返った。
その目は赤く、腫れていた。
「……あら?」
「すみません……俺ら、そろそろ帰ります」
「やだ。もうそんな時間? ごめんなさいね……助けてもらったのに、何のお構いもできなくて……」
狗山の母親は笑って見せたが、かなり無理している。
狗山家でも何かと問題は発生しているようだ。
「あの。狗山君、お父さんのことで悩んでいるみたいなんですけれど」
大変そうだな……と、呑気に構えていた俺の横から、凜王が突然そう言ったのだった。
ちょっ……え!?
まさか母親から聞き出そうってか!?
「急に勉強を押し付けてくるようになったって。本当は部活だって参加したいのに、勉強に関係のないことはするなって言われたと嘆いていました。信号に気づかずに渡ろうとした、とは言いましたが、狗山君自身は自殺しようとしたのかもしれません」
それはさすがに言いすぎだろ!
話が肥大化してる!
ほら、見ろ!
お母さん青ざめているじゃないか!
「一体狗山君に何があったんですか? もしかして、テレビとかで話題になっている妖精の髪飾りが原因ですか?」
狗山の母親は、凜王の言葉にハッと、顔を上げた。
いくらなんでも直球すぎるのでは……
「……せっかくだし、お茶でもしましょうか」
力なく、彼女は微笑んだ。
「主人……あの子の父親は、ご存知だとは思うけど、とても温厚な人なんです」
病院の喫茶店で、狗山の母親はぽつりぽつりと話し始めた。
「あまり欲のない人で、ただ町のことだけを考えて毎日行動するような人です。息子にも……自分の好きなことを後悔のないように全力でやれ、と。それが我が家の家訓だと」
母親の言う通り、息子である狗山自信もそんな人間だ。
「それが、突然。主人は人が変わったかのように、人は頂点に立たなければ負け犬だ。金がなければ敗者と同じだ、なんて言い出して……息子にも……勉強を無理強いするようになって……」
今にも泣き出しそうな表情へと変わっていく。
ここで泣かれると、非常に気まずい。
「あの子、成績は悪い方じゃないけれど、学年で一番というわけではないから……。主人が一位でなければ意味がないと。塾のカリキュラムをいつもより倍に増やしたんです……」
それで狗山は毎日遅くまで、ふらふらになるまで塾へ……
「疲れるまで通ったところで成果なんて出るはずもないのに……一体どういうつもりなのか……」
理解できないというふうに、彼女は頭を抱えた。
「さっき、あなたは妖精の髪飾りが何か関係しているんじゃないか……と、仰っていたわよね。私も考えないようにはしていたけれど……そうなんじゃないかと、思い始めたわ……」
彼女の方から、髪飾りの話を持ち出してきた。
これはチャンス……!
「あの髪飾りって、どうやって手に入れたんですか?」
「それが私にもよくわかっていないんです。いただいたのか、購入したのか……主人から話は聞いたはずなのに、はっきりと覚えていなくて……」
何だか苦しそうに顔を歪める。
……?
俺は違和感を覚えた。
「妖精の髪飾りがどういった物なのかわかりますか?」
「さぁ……? でも、高価な物なんでしょう?」
そういう認識しかないのか……
「主人に話して、何とか手放してもらいましょうか……」
狗山の母親はそんなふうにつぶやいたが、話を聞いている限りではそんなことを言っても無駄なような気がする。
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