20××年 夏 -12-

「んげ……熊ヶ谷くまがや……」

「コラ! 先生を呼び捨てにするな!」

生活指導担当の熊ヶ谷だ。

俺の姿を見つけては、ねちねちと説教してくる。

仕方ないといえば仕方がない。

俺が不真面目にしているからな。

「あれだけ何度も髪を黒に戻せと言っているのに……! まだ茶髪のままか! ピアスも外せ!」

「あーわかったわかった。うるせぇ」

「先生に向かってうるさいとは何だ!」

マジでうるせぇ。

思わず俺はため息をついてしまった。

「人が注意しているときにため息とは何事だ! 井瀬屋……! お前、いい加減にしろ! ちょっと来い!」

うわ、やべ。

また生活指導室に連れて行かれる。

めんどくせぇ……

「先生、待ってくれ。こいつは何もしてないだろう」

すると、意外なことに凜王が制裁に入った。

庇ってくれるのか!?

「髪を染めているから、先生は怒っているのか? 染めているやつなんて、いくらでもいるじゃないか。惣一よりもっと注意をなければならないやつは他にいるだろう。蝶乃とか」

おおおぉぉ!?

情報もらっておきながら、あっさり売ったぞ!

こいつ!

「き、如月……どうしたんだ? いつも大人しいお前が、井瀬屋を庇うなんて……はっ! まさか、脅されて……!?」

「んなわけあるか」

そう思われても仕方ないか……

「なぜ俺がこんなやつに脅さなければならない……。安心しろ。俺と惣一は……」

そこまで言って、なぜか俺の顔を見る。

「その……何だ。あれだ。パートナーだ」

「普通に友だちでいいだろ、そこは」

悩んだ末の答えがなぜそれなんだ。

怪しくなるからやめろ。

「如月……」

熊ヶ谷は、ガシッと凜王の肩を掴んだ。

「本当のことを言え! 本当は脅されているんじゃないのか!? 友だちって言えと言われているんだろう!?」

「は? ちがっ……」

凜王も面食らった様子だった。

しつこいやつだな……

何て教師だ。

「先生はお前のことを心配しているんだ、如月! お前は大人しいから、井瀬屋の言うことを聞くしかなかったんだろう? な、そうだろう?」

呆れたぜ。

それが教師の言うことか?

けど、もういいや。

凜王には悪いが。

どうせ、俺の言うことなんて誰も信じてくれない。

「……これだから大人は……」

熊ヶ谷が必死に説得をする中、ボソッと凜王がそう言ったのが聞こえた。

見ると、あの美しい輝きを放っていた瞳が、濁っているような色へと変化している気がした。

俺は何だか、ゾッとしてしまったのだった。

「おいおい……もうその辺にしとけよ、センセイ。あんまカッカしていると、ハゲるぜ」

「井瀬屋……お前はまたそうやって……」

「わめくなって。まだごちゃごちゃ言うなら、他の先公にチクんぞ」

脅しにならないとわかっていながらも、試しに言ってみた。

案の定、鼻で笑われたが。

「他の先生方に言ったところで、誰もお前の言うことなんて信じないだろうな」

「……教師がそんなこと言うか……」

もはや怒る気にもなれない。

どうしたものかと困っていると、助け船を出すかのように予鈴が鳴った。

「おっと。授業が始まるな。俺たちはもう行くぜ。遅刻したらまたどやされるからな」

授業を言い訳にすると、さすがに噛みついてこなかった。

俺は凜王の背中を押し、早々にその場から離れた。

「……納得がいかない」

凜王は何やらご立腹のようだった。

こいつにも怒りという感情があるのかと、少し安心する。

「まともにぶつかったところで、無駄な体力を消費するだけだ。いいんだよ、あれで」

「まるでお前が悪者扱いじゃないか」

「自業自得だよ……。さすがにあいつはおかしいとは思うけどよ。小熊が吠えてるだけだと思って、流せよ」

「小熊……」

凜王は吹き出した。

俺たちが特別身長が高いわけではないが。

男子高校生の平均以上はあるはずだ。

それに比べ、今年28歳らしい熊ヶ谷は、俺たちより身長が低い。

まさに、小熊だろ?

「なるほど……小熊、な」

「お後がよろしいようで」

そんなにウケるとは思わなかった。

ひとまず、あのどす黒い目の色から元に戻っていたので俺は安心した。

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