20××年 夏 -11-

「んで? 何が聞きたいのさ?」

「えっと……狗山のことなんだけどよ……」

俺に任せろとい言いつつ、結局凜王頼みになってしまった。

が、交渉は成立したので、早速あいつの名前を出した。

案の定、蝶乃は顔をしかめた。

「狗山ぁ? 何でまた」

「あいつ最近おかしくねぇか? お前も気づいているだろ?」

「おかしいって……確かに疲れてるっぽいけどさ。何であんたが狗山の心配してんの? 逆じゃね?」

「心配とかじゃなくて!」

盗みに入るための下調べですとは言えない。

「あんたが狗山の心配するなんて、えらくなったもんだねぇ。んで? 何が気になるわけ?」

訂正したいが、話を進めるために俺は我慢した。

「部活も休んでるっぽいし、授業中は船漕いでるって言うし……聞けば、全部塾に通いつめてるかららしいじゃねぇか」

「何だ、わかってんじゃん。そうだよ。最近お勉強に力を入れているみたいだね」

「お前はおかしいと思わなかったか? 勉強ばっかしてるやつじゃなかっただろ?」

問い詰めても、蝶乃の反応はなぜか悪い。

「何とか言えよ」

「アタシも気になって本人に聞いたさ。あいつのことだから、当然口を割ろうとしなかったけど。でも、よっぽど疲れていたのか、部活に行きたいってこぼしてたね」

やっぱそれが本音かよ……!

「これは本人から聞いた話じゃなくて、アタシが集めた情報。急に勉強ずくめになったのは、父親のせい」

きた……!

俺と凜王は顔を見合わせた。

「本当に様子がおかしいのは、父親の方かもね。奇妙な物を手に入れたらしいじゃん」

「それって……妖精の髪飾りとかいう……」

「そうそう。それがきっかけかはわかんないけど、 人が変わったかのようって噂」

その言い方だと、髪飾りが曰く付きの品物みたいに聞こえるが……

「アタシも信じられないけどさ、出馬までするって話じゃん。超強欲な人間になってなくね?」

「しゅ……出馬?」

政界に足を踏み入れるってか?

「何をするにもまず、地位、名声、利益をまず先に考えるようになったって。で、息子にも政治家になってほしいからって、途端に勉強ばっか押し付け始めたっぽいよ」

とんだとばっちりじゃねぇか!

「あいつ成績はいいけどさ、一番ってわけじゃないでしょ。親父は、学年で一位になれ、部活なんて辞めろ、勉強に関係のないことはするなとか突然言い出したんだって」

だからって、あんな疲れきっていたら……

「アタシは迷信みたいなことは信じないけどさ。あの髪飾りを手にしたから変わったと捉えてもおかしくはないよね。実際そういう噂も流れているし」

「その髪飾りって、いつどこで手に入れたんだ?」

俺が狗山の異変に気がついたのはつい先日。

実はもっと前からだったのかもしれない。

「いくらアタシが優秀でも、そこまでわかんないよ」

だよな……

狗山のことを聞いたわけだしな。

「アタシの知っていることは全部話したよ。これでいいんだろ」

「ああ、十分だ」

俺の代わりに凜王が頷いた。

え? いいのか?

「何を企んでいるのかは聞かないけど。アタシの情報、悪用すんなよ〜」

ニヤニヤする蝶乃に見送られて、俺たちはその場を離れた。

「本当にあれで良かったのか?」

「あれ以上求めて何になる。怪しまれるだけだ」

「あ……お前でもそういうの気にするんだ」

俺に正体がバレたとき、全く焦った様子がなかったというのに。

「それはそれ。これはこれだ。獲物の情報は他から入手すれば……」

「おい! 井瀬屋!」

凜王の声を遮って、俺の名が乱暴に呼ばれた。

振り向くと、厄介な人物がこちらをにらみつけていた。

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