20××年 夏 -9-

夜だというのに、やけに明るかった。

電灯のせいではない。

月の明かりが電灯以上に輝きを放っていたからだ。

俺は明るいのをいいことに、部屋の電気を消し、ベッドに寝そべってスマホをいじっていた。

ローカルニュースではあるが、狗山町長が所持しているよくわからない髪飾りとやらは、結構な注目を集めているようだった。

「これ高いのかな……」

ボソッと独り言をつぶやいたときだった。

こんな暑い夏の夜だというのに、風が室内に吹き込んできた。

カーテンがパタパタと揺れる。

「そんなことはない。どうせ偽物だ」

「!?」

どこからか聞こえてきた声に、慌てて起き上がる。

「り……凜王!?」

窓から、如月凜王が侵入してきたのだった。


「ちょっ……お前何やってんだ!? ここ、二階だぞ!?」

「だから何だ。というかお前、ヤンキーのくせにこんな立派な家に住んでいるのか」

俺が焦っていると、例の喋る黒猫も部屋の中へと入り込んできた。

「……一軒家で悪かったな」

マンションだと思ったか。

この野郎。

「つーか……何で窓から……普通に玄関から入ってこいよ……」

「こんな時間に同級生の自宅を訪問っておかしくないか」

「同級生の自宅に窓から不法侵入の方がよっぽどおかしいだろ」

泥棒か。

あ、怪盗だったな。

「それで。何の用だ……」

「記念すべき初の獲物にどうかと思ってな」

「は?」

早速俺に盗めってか。

また急な……

「その話……わざわざ不法侵入してまですることか?」

「クローバーが急かすから」

「猫め……」

俺は人の部屋でくつろぐ、猫をにらみつけた。

「何で俺様のせいなんだ!」

猫は不満気な声を上げた。

「それで、獲物って?」

「狗山」

「は?」

狗山って学級委員長のか?

狗山を盗む?

……いや、違う。

「まさか、髪飾り?」

さっきまでテレビやネットで見ていたあれか!

「そういやお前、入ってくるとき偽物っつってたよな? 狗山の親父が持っているっつーあれは、偽物なのか?」

「残念ながら」

何てことだ。こんなにも話題になっているというのに。

「え? じゃあ本物は?」

「そんな物はない」

「え、そ、それって……」

「妖精の髪飾りなんて物自体が偽物。ただのガラクタだ」

「……。」

だったら狗山の親父は、ニュースを見た人々は、


ガラクタのあれにどういう価値を見出しているんだ?


「どこぞの誰かが、あれは大変価値のある物です。世界で所持しているのはあなただけです。なんて吹き込んだんだろうなぁ」

部屋においてあるクッションの上に座っている猫が、尻尾を揺らしながら言った。

「何のために……?」

「さぁ? そんなことは俺様にはどうでもいいさ」

そうだ。

こいつは、醜い感情とやらを餌にしているんだった。

「つまり……髪飾りの持ち主、狗山の親父はが何かしら醜い感情を抱いているってことか?」

「ああ、そうだ。俺様が喰らってやるのさ」

勝手に喰えばいいけどさ。

俺は納得いかねぇんだよ。

だって狗山町長って、町の人間からすげぇ支持されてるじゃん。

あの人が町長になってから、町の情勢が安定しているとか言われているほどだしさ。

富や名声よりも、この町や住んでいる人のことを一番に考えているって……

こんな俺でもわかってるのによ。

それに、あの狗山の父親だぞ?

一体何を根拠にそんなことを言ってるんだ、この猫は。

……というのを、一人と一匹に俺は言った。

「全く……これだからヤンキーは」

いや、ヤンキー関係ねぇし!

「俺様の目は間違いない! テレビに映ったあの男の姿を見て、とてつもなく深い欲を感じた! きっと美味いに決まっている!」

どうしても、この猫の言っていることが受け入れられなくて、何を言っているんだこいつは。という顔でしか見ることができなかった。

「色々と調べる必要はありそうだな」

ここでようやく凜王が言葉を発した。

「調べるって……町長を?」

「まずは手っ取り早いところからだな。同じクラスにちょうどいるじゃないか」

「まさか、狗山に?」

息子を問い詰めたところで、何かつかめるだろうか。

「お前、あいつのことを心配していただろう」

「心配ってわけじゃあ……。でも、あいつのことと何か関係あるのか?」

「さぁ? だから調べるんじゃないか」

「調べるっつってもな……」

何をどう調べるというのか。

人にはお節介なやつだが、きっと自分のこととなると、話さないに決まっている。

ましてや、父親のことなど。

……いや、待てよ。

俺はひらめいた。

当てがないわけではないことに、気がついたのだった。

「俺に……任せろ」

新参者の俺が、なぜだか先陣を切ったのだった。

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