20××年 夏 -5-

正体を見てしまっただけで、共犯者になれというのか。

まさかの事態に、言葉を失った。

いつもより帰りが遅くなって。

ちょっと違う道を行って。

何もかもが偶然だってぇのに。

「怪盗って……俺に犯罪者になれと?」

いくら何でもひどすぎる仕打ちだ。

俺が非行に走っている不良高校生とはいえ。

犯罪かどうか区別できないほどバカじゃない。

「昨日見たこと聞いたことは誰にも話さない。それじゃあ駄目なんすか」

今の俺は殺人現場を目撃してしまったくらいのレベルで、窮地に立たされていた。

「それで済むなら、あなたはすでにこの世から消えているわ」

笑顔で、彼女は恐ろしいことを言い出した。

それは脅しじゃあねぇか!?

「姉さん……」

「ミツバ……」

「冗談よ」

一人と一匹に呆れた目で見られ、ミツバさんは手をひらひらとふった。

冗談に聞こえなかったぞ……

「残念だけど、嫌とは言わせないわよ。あなたにも怪盗になってもらう」

「強引すぎだろ……」

俺に拒否権はないのか……

「俺にも怪盗フェイクになれっていうのか……」

「もっと喜びなさいよ。今や時の人よ」

いやいや、犯罪者になって喜べるかよ。

「それにしてもそのだっさい名前、何とかしたいんだけどね……」

「え?  自分たちで付けた名前じゃないんすか?」

「違うわよ。勝手に世間がそう呼び出したのよ」

偽物ばかり盗むからフェイク。

そのまんまだが……

勝手に名付けられたものだったとは。

「最初の段階できちんと名乗っておけばいいものの……」

「正直どうでもいい」

「俺様の目的が果たされるのなら何でもいい」

こういうやつらなのよ。と、ミツバさんはため息をついた。

左様でございますか。

「それで……偽物ばっか盗む目的は?」

俺が一番気になっていたところだ。

「物に意味はない。本物だろうが偽物だろうが、俺様からすればどちらでもいい」

猫がそう言った。

「私は本物が欲しいんだけれどね」というミツバさんの言葉は、聞かなかったことにする。

「そいつが大切にしている物を盗むと宣言すると、どいつもこいつも偽物を用意しやがる。世間は偽物に騙された馬鹿な盗人、なんて思っているだろうが、そいつが偽物を用意してまで盗まれたくない物を、厳重な警備を簡単に破って盗むことに意味がある」

うん……?

俺は首をひねる。

何を言っているんだ? この猫は。

「偽物の宝石や絵画には、それを作らせた人間の様々な感情が入り混じっている。どちらかと言えば本物より偽物の方が、俺様的には美味い」

「いや、あの。全く言っている意味を理解できないんですけど」

「まぁ、聞け。」

待ったをかけると、あっさりと遮られた。

「凜王に盗みをさせているのは、俺様の腹を満たすためだ。さっき言った、盗んだ物から得られる人間の醜い感情が俺様の食事だ」

「え? お前、悪魔か何かなの?」

怪盗の次は猫の姿をした悪魔か。

どこのファンタジーだよ。

「悪魔とは何だ! 失礼なやつだな」

「だって設定が」

「設定とか言うな」

おっと。うっかり口が滑ってしまったぞ。

「悪魔みたいなものよね。人の感情が餌だなんて。しかも、醜い感情だけ」

ミツバさんの言葉に、俺は激しく頷いた。

「凜王を巻き込んで悪いとは思っているけどね……これは、私とクローバーの契約であり、野望でもあるのよ」

「野望……?」

「そう、野望」

彼女はニヤリと笑った。

「野望って……なんすか?」

「ヒミツ」

こうやって、チョロい男は落ちるんだろうな。と、思ってしまうような言い方だった。

「如月……お前は知ってんのか?」

「興味ない」

こいつはそればっかだな。

犯罪者にさせられてるのに、興味なしかよ。

「じゃあ何でお前は怪盗なんてやっているんだよ」

「退屈だったから」

「はぁ?」

退屈?

俺は思わず顔をしかめてしまった。

たったそれだけの理由で?

犯罪者に?

「朝起きて学校へ行って、授業を受けて、家に帰る。毎日同じことの繰り返しで、いつからか退屈だと思うようになっていた。それだけだ」

わかるようなわからないような……

「おい、ミツバ。こいつ本当に大丈夫か? 全く理解できていないぞ」

「当たり前でしょう。理解できるわけないじゃない。喋る猫なんて」

「そっち!?」

「ものは試しよ、惣一君。あなたには素質があると思っているのよ、私。凜王の手助けをしてやってくれないかしら」

言葉を詰まらせていると、

「もちろん、ノーとは言わせないけどね」

彼女は小悪魔のような笑みを浮かべたのだった。

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