20××年 夏 -4-
町に本屋はいくつか存在する。
有名書店のチェーン店から、町の小さな書店まで……。
ここに古本屋が昔から存在していたことは、もちろん知ってはいた。
だからといって、わざわざここへ本を買いに、または売りに来る物好きは少ないだろう。
いつも潰れないで建っていることが不思議で仕方なかったが……ついに俺自身がここの中へ足を踏み入れることになろうとは。
「親がこの店やったんのか? ……あ」
言ってから、気がついた。
そうだ、こいつ。
「生憎俺は両親と離れて暮らしている」
「……悪い」
誰が噂を流したのか。
本当なのか真実なのかも不明だったが。
親がいないという情報は、なぜかクラス中に知れ渡っていた。
ぼっちの人間の個人情報がなぜそのように、漏洩しているのかは本当に謎である。
「じゃあ、ここは誰が……」
「俺を引き取った人……知り合いというか何と言うか」
言葉を濁しながら、やつは中に入っていった。
俺も後に続くと、冷房が効いているのか中は涼しかった。
本棚と本棚の間を真っ直ぐ突き進んでいくと、レジカウンターに行き着いた。
そこには、退屈そうな顔で女性向け雑誌を読む若い女が一人。
セミロングの黒髪に、切れ長の目。
かなりの美人である。
「おかえり……って、あんたまた店の方から入ってきたわね。何のための玄関よ」
女は雑誌を閉じ、やつをにらみつけた。
「鍵、持って行くの忘れた」
「呆れた」
彼女はため息をついた。
そして俺の方に目を向けた。
「噂の彼ね。今日はもう店は閉めるわ。奥へどうぞ」
カウンターの後ろにあるのれんの奥へと、俺は招き入れられた。
本屋兼自宅となっているようだ。
「
ソファーにどかっと座り、彼女は指示を出す。
「自分で入れれば……」
「何? あんたは客人にお茶も出せないの?」
「姉さんは客人じゃないだろ……」
「何か言った?」
その切れ長の目で、彼女は如月をにらみつけた。
やれやれと、肩をすくめて如月は台所へと向かった。
なんて気の強い女だ。見たまんまじゃねぇか。
「突然呼び出して悪いわね。私が連れてくるように言ったのよ」
そうだったのか。
美人に目を付けられるとは、俺も隅に置けないな。
「もう店を閉めたのか、ミツバ」
バカなことを考えていると、どこからかそんな声が聞こえてきた。
「んあ!? お前は昨日のヤンキー!?」
「ヤンキー言うな」
反射的にそう言ってしまったが、今の声は、もしや。
足元を見ると、やはり例の黒猫がいた。
確か、名前はクローバーとか言ったか。
「なぜお前がここにいる!? 凜王! お前が連れてきたのか!?」
毛を逆立て、威嚇される。
「私が呼んだって言ってんでしょーが。ややこしいからあんたは黙ってなさい」
「でも、見られてしまったんだぞ!?」
「わかってるわよ。だから呼んだのよ」
黒猫は、納得がいかないというふうに、テーブルに飛び乗ってきた。
「驚いたでしょう。この猫はクローバーっていうの。そして私はミツバ。あの子は私のことを姉と呼ぶけれど、私たちは本当の姉弟ではないわ。あなたは?」
「あ……同じクラスの
「惣一君。よろしく」
「どうも……」
目の前に、グラスに入ったアイスティーが置かれた。
「早速で悪いけど、本題に入るわね。私は、これは運命なんじゃないかって思ってるのよ。さすがの凜王も一人じゃ限界があるだろうし、かと言って私が手助けしてやることもできない。だから……」
「ちょ、ちょっと待ってください。何言ってんのかわかんないっす」
運命? 限界?
早速すぎて何が何やらわからない。
「俺に怪盗をやれとでも言いたいんすか? その言い方だとそれにしか……」
「あら。察しがいいわね」
「は?」
あれ?
何だか嫌な予感が……
「そう言いたかったのよ。もっとはっきり言えばよかったわね。そう。どうせ見られたのなら、あなたにも共犯者になってほしいの」
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