20××年 夏 -3-

この事件はあまりに衝撃的すぎて、逆に話題に上らなくなってしまった。

「これでいいんだよ」

と、本人が言うのなら……俺もこれ以上は口出しできない。

土曜の授業は午前で終了なのだが、なぜだか俺はやつと並んで下校していた。

ついて来いと言われたからなんだけどな……

どこへ連れて行く気なんだ。

「お前、眼鏡なしでも見えるのか?」

昨夜も、今日走るときも眼鏡を外していたのを思い出して、聞いてみた。

「伊達眼鏡だからな」

「伊達かよ……って。何だよ。じゃあかける必要ないじゃん。まさか、オシャレ?」

ちっとも視力なんて悪くないのに、オシャレで眼鏡をかけようとするやつもいる。

俺には全く理解できないが。

いや、待てよ。

こいつの場合、オシャレどころか暗い印象を与えてしまっている。

それが狙いなのか?

もしくは。

「……目の色を隠そうとしているのか?」

「眼鏡をかけたところで大して変わりはしないがな」

やっぱりそうなのか。

「小中学校と、これが原因でいじめられていたし。そういう目立ち方もしたくなかったから、眼鏡をかけることにした」

いじめられていたことをあっさりと、表情一つ変えずに打ち明けるとは……

何を考えているのかわからない。

「この町も今の学校も……俺のことを知っている人間が誰もいないからいい」

遠くを見つめるようにして、やつは言った。

……何やら複雑な事情があるようだ。

「お前はこの町でずっと育ってきたのか?」

「あぁ……。高校も家から近い所を選んだ」

「そうか……えっと、何屋だっけ」

「井瀬屋だよ」

何屋って何だ。店やってるわけじゃねぇんだぞ。

「お前……周囲に関心なさすぎじゃねぇか? 俺ですらお前のフルネーム知ってるのに……」

「え……」

やめろ。

気持ち悪ってあからさまに顔に出すな。

「クローバーが言ってたように、お前はヤンキーじゃないのか……?」

「ヤンキーがクラスメイトの名前知ってたら駄目なのか!? つか、ヤンキーじゃねぇし!」

問題児という自覚はあるけども!

「ちなみにクローバーってぇのは、猫の名前か?」

「そうだ」

「あの喋る猫?」

「そうだ」

「何で猫が喋ることに疑問を感じないんだ?」

当たり前のことを聞いただけなのに、何を言っているんだ? こいつは。という顔をされた。

「クローバーの存在を否定したら、俺の存在も否定されることになる」

「ごめん、ちょっと何言ってるのかわかんないや」

どんだけ重要な存在なんだ、あの猫。

「よくわかんねーからもういい。俺をわざわざ連れだしたってことは、お前の秘密を全部語ってくれんだろ」

「見られてしまったものは仕方がないからな」

それは開き直りってやつじゃあないか?

怪盗って、そんないい加減な感じでいいのか……

「……で、俺はどこへ連れて行かれるんだ?」

行き先を聞かずに結構な距離を歩いてきた。

そろそろ教えてもらってもいいだろう。

「ん? 言ってなかったか? 俺の家だ」

「俺の家……って、は? マジで言ってんのか? 俺らもうそんな関係なのか?」

冗談で言ったのに、ノーコメント、ノーリアクションだった。

なかなかに辛い。

「歩くには少し遠くないか? よくもまぁこの炎天下の中……」

「着いた」

「聞けよ……」

お互いのことをまだよくわかっていないというのに、早速扱いが雑になってきている気がする。

それはそうと、こいつの家がどんなものかと顔を上げると。

お世辞にも綺麗とは言えない、小さな古本屋がそこにあった。

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