20××年 夏 -2-

怪盗フェイク。


気がつけば、人々はそう呼んでいた。


偽物ばかりを盗む怪盗。


俺はやつがどういう意図を持って、そのような行いをしているのか、不思議でならなかった。


昨夜の出来事は夢だったのだろうか。

俺は睡眠不足のせいもあり、少しボーッとしていた。

土曜日であるにも関わらず、授業がある学校を恨みつついつも通り教室に入る。

ただ、いつも通りではなかったのは、教室の隅の席に座るあいつの姿が真っ先に目に入ったことだ。

周囲が朝の挨拶や雑談を交わしているというのに、一人興味なさげに窓の外を見つめている。

何を思ったか、俺は自分の席ではなくやつのもとへ向かった。

「ねぇ、昨日すごかったねー」

「ニュース見た見た! また盗んだんだよね?」

途中、そんな女子たちの会話が耳に入ってきた。

怪盗の話はやはりどこでも話題である。

「……おい」

やつの前に立った俺は、声をかけてみた。

「何だ、お前か」という顔で、やつは俺の顔を見た。

……この反応、やはり夢ではなかったらしい。

「昨日の説明は」

「ここで話せというのか」

それもそうだ。

クラスの問題児が、クラスのぼっちなやつに話しかけている。

これ程に奇妙なことはないだろう。

何があったんだと、連中の視線が俺達に集まっている。

俺も目立つのはごめんだ。

気がつけば、目の前のやつも窓の外へと目線が戻っていっている。

俺はそっとその場を離れたのだった。


土曜に授業があるというのはこの上なく面倒なことだが、その科目に体育が入っていると尚更やる気が失せる。

運動が苦手とかそんなんじゃない。

むしろ運動神経はいい方だ。

しかし高校生にもなって体育くらいではしゃぐほど、お気楽な性格でもない。

「かったるいな……」

隣に人がいるからといって、思わず不満をこぼしてしまった。

「まぁな」

期待はしていなかったが、意外にも返答があった。

「お前、運動できなさそうだな」

その勢いでつい話しかけてしまう。

「運動神経が悪いなら怪盗なんてやっていない」

「あ……そっか」

でも、こいつが運動神経いいってところも見た覚えはないぞ?

「次! 白井と如月!」

隣のやつの名が呼ばれた。

白井って……げっ

「陸上部のエースじゃん。相手が悪かったな」

「そうなのか」

そうなのか……って、他人事かよ。

呆れた目で歩き出したその後ろ姿を眺めていると、俺に向かって何かが飛んできた。

「おわっ!?」

慌てて受け止めると、それは。

「眼鏡?」

「まぁ見てろ。一位は俺がる」

その金色に輝く瞳からは、やつの自信が嫌というほど読み取ることができた。

「おい! 如月! 早くしろ!」

体育教師に叱られ、格好はつかなかったが。

まさか……まさかな?

そうは思いつつも、少し期待してしまう。


そして、見事に俺の期待は裏切られることなく、やつは陸上部のエースを負かした。


それは、一瞬の出来事だった。

先公ですら呆気に取られるほどだ。

「え? 白井が負けた?」

「如月って……あんなに足速かったか?」

他の男子たちもざわついている。

俺も驚きすぎて言葉を失っていた。

本人は息一つ切らさず、俺の所まで余裕の顔で戻ってくる。

「あまり目立ちたくはないんだけどな」

俺からひったくった眼鏡をかけると、元の地味な男子に戻ってしまった。

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