20××年 夏 -1-
「……
闇に紛れるための衣装も、月明かりの
世間を賑わせている怪盗の特徴とよく似たその人物は、狭い路地裏に立っていた。
俺がやって来たタイミングが悪かったのか、はたまた向こう気がついていなかったのか。
仮面の下から表れたその素顔は、どこからどう見ても同じクラスのやつだった。
ほとんど話したこともない。
いつも一人で、何を考えているのかわからない。
ただのクラスメイト。
俺は心底驚いているというのに、当の本人は「え? 誰だっけ?」の表情である。
こっちはきちんと名前も覚えているのに、さすがに傷つく。
「同じクラスの
言葉にして聞かれる前に、先に名乗っておいた。
そんなことよりも、だな。
「お前、こんな所で何をしているんだ?」
こちらの方が重要だろう。
しかし、やつは質問に答えなかった。
じっと、俺の顔を見つめるだけだ。
「……その格好は? 一体お前は何なんだ?」
無駄だとは思いながらも、質問を重ねる。
その代わり、
「にゃあぁぁ~っ! 最悪だ! バレたー!」
そんな声が、この狭い路地裏に響き渡った。
何だ? 今のは。
とても、今目の前にいるやつが放った台詞とは思えない。
俺はキョロキョロするが、声の主は見当たらない。
気のせいか……?
「同級生と鉢合わせってどういうことだよ! さっさとズラかるぞ! ややこしくなる前にっ……ふがっ!?」
気のせいじゃなかった!
どこから聞こえるんだ!?
「ふがふがふがふご!」
ふがふが聞こえる声を頼りに出所を探っていると、目の前のやつが何やらしゃがんでいるのが目に入った。
見ると、黒い物体の口を塞いでいるではないか。
その黒い物体というのが。
「……猫?」
いやいやいやいや。
確かに「にゃー」と、最初に聞こえたが、後は人間の言葉だったぞ?
この黒い猫が……
「はあぁぁぁっ!? 猫が喋ったァァァ!?」
叫ぶ俺を見て、さすがのやつも「しまった」という顔をした。
「猫が喋った? 頭がおかしいのか、お前は。なぁ?」
「に、にゃあ~」
「今更にゃーっつったって遅いわ」
話しかけている時点でアウトだっつーの。
……ひとまず猫のことは置いておいて。
「お前はあれか? 例の怪盗とやらなのか?」
「おい、何だこのヤンキー。冷静に直球で聞いてきたぞ」
「ヤンキー言うな、猫」
つーかこの猫、諦めて普通に喋ってるし。
「それで? 質問の答えは」
「ノーコメントだ」
間髪を容れずにやつは答えた。
挑発的な笑みを浮かべて。
こいつ……こんなやつだったのか?
いつも教室の一番隅の席に、一人でポツンと座っており、誰とも話さないし誰も話しかけようとしない。
何となくいつもうつむき加減で、眼鏡をかけているせいか表情もわかりづらい。
だが、今目の前にいるのは、眼鏡もかけておらずその表情はむしろ生き生きしている。
まるで別人のようだ。
そんなやつが。
なぜ怪盗なんて。
「ノーコメントっつったって、この状況どうすんだよ。クラスメイトに正体知られちまったんだぞ」
「おい、ヤンキー。なぜそんなに冷静にいられるんだよ」
猫がうるさいが、スルーする。
「認めたくないならそれでいいけどよ。そんなことよりさ。教えてくれよ」
俺は正体云々や、怪盗をやっている理由よりも。
「何でお前、偽物ばっか盗むの?」
巷で噂の怪盗。
現代にそんな小説や映画の世界みたいなものが存在していることよりも、そいつが盗む物に皆注目していた。
そう。
俺が今、やつに問いただしたように。
噂の怪盗は、偽物ばかりを盗むのだ。
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