第7話
「お疲れ様。どんなエントリーシートだったの?」
公な決まりはないため、企業によってエントリーシートの内容は異なる。志望理由や企業の色が出ている設問もあれば、答えている僕の方が疑問符を浮かべてしまう内容まで、それは多岐に渡っていた。
今日だって『貴方が目指すエンターテイメントの未来とはなんですか? その未来に向けて貴方ができることはなんですか。』なんて壮大過ぎるテーマと直面した。
正直に言ってしまえば、そんな壮大なテーマを何も知らない学生に問うのはいかがなものかと苦言を呈したくなった。だって、そこには夢物語しか生まれないから。夢物語を具現化できる能力があったとすればありきたりな就職活動などはしないし、このテーマを考えた人間の下で働くことなどないだろう。頭では企業側が、夢物語から見える書き手の個性や思考を見るものであることは理解できる。ただ頭で分かっていても追いつかない感情の動きは、僕の本心だった。
「自分自身を単語で五個答えなさい、って内容だった」
自分自身を単語五個で答えろか。僕はキミの声を聞きながら心の中で復唱するように言葉を呟いた。
無数に存在している単語の中から五個を選択するということは、五個以外の単語を捨てなければならない。圧倒的に捨てられる言葉が多いからこそ、五個の単語が持つ意味合いは必然的に大きくなる。そこに個性を見出そうとしているのだろうが、書き出した単語から見える個性は相手にどう映るか全く分からない。それゆえに難しい内容だと思った。僕なら放棄したくなる、そんなテーマだった。
「大変なテーマに当たっちゃったね。ちゃんと五個、書けた?」
そう言ったものの、彼女は五個の単語を挙げられていないと思った。書けていれば、声に彼女らしい弾んだ感じがあるだろうし、そもそも僕に電話なんてしない。
「三つは挙げたんだけどね、あと二つが思い浮かばない」
「どんな言葉を選んだの?」
「言うと恥ずかしいから言わないよ」
語尾が上がった無邪気な女の子の声だった。
「そっか、残念」
「恥ずかしいってのはウソ。でも、こういうのを誰かに晒すのは勇気がいると思うんだ。だって、たった五個の単語で自分を表現することなんて残酷なことをしなきゃいけないんだよ。選ばれなかった単語の方が多いのに、そんな簡単に選んだ単語を言えないよ」
「そうだね、ゴメン」
「別にカズ君が悪いわけじゃないから謝らないで。でもね、このテーマは選んだ言葉よりも選ばれなかった単語の方が重要だと思うんだよね。選ばれなかった単語には、色々な落選理由があるの。それに本当は選びたいけど『就活』ってことを考えれば捨てなきゃいけない単語もいっぱいある。飛躍しすぎかもしれないけどね。なんか選んだ単語じゃなくて、そこに着くまでの過程を推測されちゃうだろうし、普段気にもしてない余白を見られている気がしちゃって、なんか考え込んじゃった」
彼女は誤魔化すように笑った。僕は何も言えなかった。
同じテーマを提示された時、直感で単語を選択する人間はいるだろう。彼女のように考え込んで答えを導き出す人間もいるだろう。そこには彼女が言った通り過程と余白を垣間見ることができる。当然、そこに正解なんてものは存在していないし、今の自分に合う単語なんて、気が付いたら風化してしまうものもある。
これから考えるのも嫌になるくらいにエントリーシートを書くことが決まっている就活生にとっては、考え込むことは立ち止まることを意味している。彼女もそのことは分かっているだろう。けれど適当にあしらわずに、立ち止まってでも自分の答えを能動的に求めようとする凛とした姿は、どこか彼女らしかった。
「……茜ちゃん、頑張ってんだね」
僕が口にした言葉は、ありきたりで、あまりにも芸のない陳腐で使い古された常套句だった。まるで僕という人間を写し出していた。僕には個性なんてものは持ち合わせていないのかもしれない。
「ありがとう。それでね……」
彼女の次の言葉を待ちながら、僕は少しだけ満ち足りた気持ちになった。またも、この時間が続けばいいのにと本気で思ってしまう。でも頭では分かっている。時間は有限であること。そして彼女にとっての僕は、些細なことを遠慮なく言えて、時間を共有できる便利屋的な存在であることを。
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