EpisodeⅠ 前兆

――オンネトロア王国・外れの町――


 海よりも青く、どこまでも広がる大空。

 何かを守るように大きくそびえ立つ白い山々。

 キラキラと太陽の光を反射する雄大な湖。


 切り株の上に座る幼き少女ロアはゆっくりとまぶたを開けた。


「ロア、何を見ているの」


 木の枝から枝へと吊るした縄に洗濯物を干すロアの母『セシリア=ブラックチェリー』が口を開いた。


 ロアは黙って空を指さす。

 

 空高く飛ぶ、伸び伸びと羽を広げるたか


「鷹ね」


 セシリアはロアの隣に立つと、空飛ぶ鷹をじっーと見つめた。


「タカ?」


「そう!タカ。鷹はね、とっても強いんだよ」


「へぇー」


 興味なさそうに母親の横顔を見ながらロアが返事をした。


「さぁ、ロア。もうすぐお昼ご飯の時間よ!みんなが待っているわ。帰ろうっ」


「うんっ!」


 少女ロアは無邪気な笑顔で頷き、飛び上がるように立ち上がった。


******************************


 天帝国主王宮、第5階層。

 とある一室で軍人4人が密談を始めようとしている。


 椅子に座る大柄の男『ニヤ』。

 その男は白い長ズボンに黒いシャツを装い、その上には天帝軍の幹部が着用するとされている白いコートを羽織っている。

 顔の上部はわからないが、口周りはジョリっと音を立てそうな短いヒゲを生やし男前にも見える口を開いた。


「おい、ばばぁ。このままいくと、とうとう天帝国内で戦争が起こっちまうぜ」


「誰がばばぁだって?てめぇ!レディの扱い方を一から全て叩き込んでやろうかぁ!」


 そう怒鳴る椅子に座るばばぁと呼ばれた女性『五英傑3席:アダマス』は、片腕を自身の顔前へと出し……

 天に向かい2本の指先を上げるとすぐさま指先を床へと下ろした。


――と、その瞬間。


――ドガァアアア。


 ニヤはアダマスの『固有能力=皇力こうりょく』によって額を床に打ちつけ、芋虫のような体制へとなった。


「イッテエエエエ」


「お前さんは学習がない男だねぇ。」

「ロカ、こんな男になっちゃいけんよ」


 それを見て苦笑いする14歳の少年ロカ。


「ニヤ、ふざけている場合じゃないだろ。五英傑を2人も呼び出しておいて重要な話って何だ。オレたちも暇じゃないんだ」


 そう、窓の外を見つめるアップルグリーンの髪色の男が言葉を吐いた。


 『五英傑2席:ホーク=ブラックチェリー』。特別な五英傑1席を除いて、現天帝国内で最強の戦闘力を誇っていると言われている。

 スッーと風が吹き抜けるような顔立ちにアップルグリーンの髪色と瞳。筋肉質な体格と高い身長。黒いスーツとその内側に着たアップルグリーン色のシャツ。そして五英傑ならではの豪華な白いコートを羽織っている。


「わぁーかってるよ」


 ニヤは立ち上がると椅子に重く腰をかけた。


「ホーク、じゃあ単刀直入に言うぜ。お前の所属してる現第2王のカデナの野郎がこの国を支配しようとしている」


 ホークは目を見開き、驚いた様子でニヤを見つめた。


「何を言っている……?お前の言う通り、第2王宮は五英傑2席のオレが所属する管轄だ。たしかに第2王のカデナ様は何かを企んではいそうだが、今はそういった怪しい動きは全くない」


 机にひじをつき、頭を抱えるアダマスがゆっくりと口を開く。


皇力こうりょくをコピーできるアビリティリングの製造。そして、そのリングを作るために必要な鉱石の発見……」


 それを耳にした瞬間、ホークは額に汗を流し驚きを隠せない様子で2人を見た。


「なっ……。もう、そこまで知っているのか」


「あぁ。内(第3王宮)の管轄のばばぁ……。あっ、すまん。五英傑3席のアダマスさんと裏で探りを入れていたら案の定、色々とでてきてな」

「まぁ、そんなもんが常時製造できるようにでもなれば国としてはすごい戦力になるわけだし、それを今ある天帝国を支える第3国のどこかが掌握しようなんて考え出したら、たまったもんじゃないわけだな」


「そのたまったもんじゃないことが起きようとしているわけだけどねぇ」


(ダメだ……ダメなんだ。あれには手を出してはいけない)


 アダマスは焦りと動揺を隠せない様子のホークの面を見た。


「なぜ、オレは何も気づけなかった……」


 そうホークは1人でに言葉を吐いた。

 瞳孔を揺らし続けるホーク。

 ホークの顎から床にしたたり落ちる雫。


(オレをそばにおいたのは、オレに気づかれないようにするためか……。監視していたつもりが、逆に監視されていたということなのか)


「やっぱ、その様子じゃカデナに騙されていたみたいだな」


「くそっ……約束と違うだろ。第2王」


 急ぎ足で扉へ向かうホーク。


――バンッ。


 ホークは扉を強く開けるや部屋からそそくさと部屋を後にした。


「おい、ホーク!」


「止めても無駄わい。あやつの素性も素性だからねぇ。それに決定的証拠がないわしらが今手を出せば違う理由で戦争になるわい。民衆の大義も得られずにねぇ」


 一瞬、ニヤは沈黙する。


「まぁ、とりあえず言いたいことはいっぱいあったが、あいつが後悔しねぇように動ければそれでいいさ」


 そうつぶやくニヤは背後に立つロカへと視線を移した。


「おい、ロカ」


「はい」


「すまねぇな。危険な仕事になるが頼めるか。オレたちの立場にまでなるとそう簡単には動けねぇし、すぐに怪しい動きがバレるからよ」


「わかりました。……おやっさんはホークさんのこと気にかけてるんですね」


「まぁな。なんやかんや昔からの仲だからよ」


 照れくさそうにニヤは口元を緩ませる。

 と、それにつられるようにロカもニコリとニヤへ笑みを返した。


「さぁ、この平和な時代にも終止符がうたれるよ」


 そう、アダマスが言うと3人は緩んだ口を固く閉ざし、強い眼差しでゆっくりと眉をひそめた。


(ホーク……)


******************************


 ホークは第2王宮に向かうため主王宮へと繋がる直属大橋の上を急いで走る。


 ホークのまっすぐと揺るがぬ眼差し。


(オレが止めねぇと。リアとの約束が守れない)


「オレしか、オレにしか、この問題は止めれないんだ……」

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