第42話 翔一の演説会
アメリカ。ワシントンD.C. 。
ジェームス・キッシンジャーはリムジンの後部座席に座り、ディスプレイ端末に表示されたレポートを、神経質そうな皺だらけの目で読んでいた。
空がどんよりと薄暗い中、車は川沿いの高速道路を走っていた。これからペンタゴンで国防政策委員会が開かれる。
現在の国防長官は、叩き上げの軍人、元海兵隊大将のジェイミー・ムティス。マッド・ドッグの異名で知られ、サランプ大統領に「将軍の中の将軍」と評価され、そのポストに就いたが、最近では大統領との意見の対立が目立っていた。
国防委員会は、軍人以外に、世界最大を誇る航空宇宙産業のボーピング社、そして、ラッキード・マーチン社、ツーストップ・グラタン社、ブーカーレーン・マイセオン社など、軍需産業の役員によって構成されていた。委員は、上級副社長を選出するのが通常だったが、ブーカーレーン・マイセオン社のキッシンジャーは、社長と役員を兼務していた。ある人は、彼の事を超人だと言い、またある人は彼の事を、陰で化け物だと呼んでいた。
国防委員会は、北朝鮮を敵性国家とみなし、米韓日が連携してそれに対処するのが大綱だ。
しかし、サランプ大統領は北朝鮮の宥和政策を進め、今年(2018年)の6月には、こともあろうに米朝首脳会談を行った。
委員会は大統領に手を焼いていた。
キッシンジャーは考えた。サランプはビジネスマンだ。金と名誉を求める。前大統領のようなノーベル平和賞を欲しがり、また平和条約を結び、在日あるいは在韓米軍を引き上げれば、莫大な軍事予算を削減できると思っているのだろう。
だが、そんなことをしたら、世界最強を誇る米軍や軍需産業は経済的に大打撃を受ける。サランプが勝手に中止を約束した軍事演習も、定期的に行われなければ中国やロシア、北朝鮮に圧力をかけられず、また、ミサイルや弾薬を消費できない。
われわれが何もしなければ、ムティスが罷免され、米朝の間に平和条約が結ばれるのは時間の問題だ。何とかそれは阻止しなければならない。
情報操作によってサランプを失脚させる計画は失敗続きだった。
メディアを使って、連日、大統領選挙時におけるロシア疑惑やスキャンダルを吹聴させたが、サランプは恥ずかしげもなく、メディアは嘘つきだと叫び、報道を非難した。
また、ロシアゲートの捜査を進めようとしていたFBI長官、チャームズ・カミ―は、サランプによって罷免された。
彼は、ラッキード・マーチン社の元上級副社長だ。
ラッキード・マーチン社と大統領の対立が深刻化するかと思われたが、サランプ大統領は、F35戦闘機を日本に大量受注させることに成功し、その対立は、一時、落ち着きを見せていた。
次の国防長官候補は、すでに決めてある。ボーピング社の上級副社長である。正式に任命するのは大統領だが、サランプには誰を選んだらよいかなど分かるはずはない。サランプの行動は予測しづらい。が、たとえどう転んでも、すべては委員会が決めたレールに沿い、自分たちの良い方へ運ばねばならない。
わが社の商品、イージスアショアも、ハワイとグアムの防衛に必須であらねばならないのだ。
アメリカのために、それを日本に買わせ、日本人に働かせる。
これは国益となる国策である。これがアメリカのためなのだ。ためらう必要はない。
車がゲートを抜け、ペンタゴンに到着する。彼はリムジンを降りると、巨大な建物を見あげることなく、淡々と歩を入口へと進めた。
北朝鮮、平壌。
その日はお祭り騒ぎだった。雲一つない秋晴れ。何十万人もの市民が沿道に詰めかけ、パレードの準備が進められていた。
このスタジアムはマスゲームが執り行われることで有名だ。また1995年、アントキモ猪木のプロレス開催された時には、観客は十九万人に上ったと言われている。
これから、復活した
翔一たちが労働党庁舎に入り、二日後のことだ。
急遽決定したので、役人や軍人たちは、準備にてんやわんやだった。通常なら、軍事パレード以上に何か月も時間をかけて、十分な安全性を確保すべく計画するところだが、そうは言っていられなかった。
月成主席の命令なのだ。
みな、通常の業務を放り出して準備にいそしんだ。激務だったが、みな、辛そうな顔はしていなかった。むしろ清々しい希望に満ちた顔をしていた。テレビ放送だけで良いのに、などとは、誰も考えていない。
今日、ここで何かが変わる。皆、そう感じていた。
翔一は、スタジアムの貴賓席の裏にある豪華な控室で、足をブルブルとふるわせていた。
すずや剛士たちは迎賓館で留守番をしていたが、カザルスとエラリーはこの場にいる。
翔一は
彼は、これから、何十万、何百万人の前で演説を行う。テレビでも撮影され、全国に、海外へも中継される。
本当は、演説などしたくはなかった。やりたくないと言えば、やらずに済んだだろう。開催日も、もっと何日も先に延ばすこともできた。
が、一刻も早くすずと日本に帰りたい、その気持ちが勝り、晶勇の「
話は、二日前に戻る。
すずと再会した日、晩餐会が催された。
広いホールには整然とテーブルが並べられ、白いクロスの上には、きらびやかな食器、会場内は美しい花やキャンドルで飾り付けられていた。
翔一はだいぶ遅刻をしたが、千を数える人が、彼らを静かに待っていた。労働党の要職につく人々や
カザルスは、次々に料理が運ばれてくる中、晶勇に、主席の演説会を開きたい旨を申し出た。
翔一は貴賓室で、あらかじめ聞いてはいたが、その時は、庁舎の片隅などで、慎ましく行うものとばかり思っていた。
晶勇は険しい顔をして、認めるべきか悩んだ。当然だ。偽物の可能性を捨てきれない月成が、何を語るのか分かったものではないのだ。
カザルスはそれをじっと見ていたが、その時、泰南が笑顔で立ち上がった。
「ほほほ! 何を迷う必要があるのか。最高の演説会にしましょうぞ!」
泰南は晶勇にそう言うと、ホールにいる全員に向けて、びっくりするような元気な声で、その事を伝えた。
会場は大いに沸いた。人々は立ち上がり、各所から「やりましょう!」「世界最大の演説会にしましょう!」と声があがった。
晶勇は目をむいて会場中を見渡した。最早、やらないとは言えない雰囲気だった。
そうして今日。
「主席、そろそろお時間です」
迎えのスーツを着た女性が部屋に入って来た時、翔一はソファーに座っていた。彼はこわばった笑顔をした。しかし、それは彼女には分からない。変身の腕輪の力によって、常に威厳のある月成の姿になっていたからだ。
翔一は、同じ部屋にいるカザルスと、翔一の姿に変身したエラリーに頷くと、彼らもコクリと首を動かした。
翔一は席を立ちあがり、スタジアムに用意された演説席へと向かうため、控室を重い足取りで出た。
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