第27話 消えた「第六天満丸」

 京都、三柱町。秀樹の部屋。


「うおおおお! しまったぁ!」


 秀樹は叫んだ。部屋には東アジアの地図や、学校の図書館で借りてきた北朝鮮の書籍が散乱している。保志は「どうした?」と視線を向けた。


 夕飯のあと、二人は『すず先輩救出計画』を見直していた。家族にはテスト勉強だと言ってある。


「やっちゃった。どうする? 保志、どうしよう」秀樹はうろたえていた。

「だから何が」


 秀樹はバサバサと地図を保志に向けた。


「これを見てくれ。平壌ピョンヤンはここ。この大同テトン江の河口の都市、南浦ナムポから上流、約七十五キロメートル。船で川をさかのぼって、平壌に行く計画だったけど……、これも見てくれ」


 秀樹はノートパソコンの画面を保志に向ける。そこにはゴーグルマップが表示されていた。衛星写真を使った地図だ。


「え? なに?」

「ここ……、拡大すると……。大同江の河口が、巨大なダムになってるだろ」

「あ、ホントだ……。こっちの地図にはないけど……、これだと、船、入れないじゃないか」

「だけど、ここ。ダムの端のほうに閘門こうもんが見える」


 保志は「何だ、そのコウモンってのは。ケツの穴か」と秀樹をいぶかし気に見た。


「パナマ運河みたいなもんだ。水位が異なっても船を通行できるようにするやつだ。ほら、ダム内にも大型タンカーが見えるだろ。平壌に石油や資源を輸送するためだと思う……」

「ああ、なんだ、じゃあ通れるじゃないか」


 と保志は安心して笑った。


「そうでもない。平壌は首都だ。そして南浦は首都を守る防衛ラインだ。誰でも通してくれるわけないじゃないか。無数の軍艦やら潜水艦、ミサイル、砲台、自走砲、重機関銃などで守られているはずだ。そこを通るには狭い閘門を使わなきゃならない。絶対に厳しい検問があると思う……」


「船を透明にできるんだろ」


 保志は鼻をほじった。後ろ手で鼻くそを丸めて飛ばすと、運よくゴミ箱に入ったが、秀樹はそれに気づかなかった。


「レーダーがあるんだよぅ。それに、これ見ろよ。閘門内は船でギッチギチに詰められている。たぶん少しでもエネルギーを節約しようと、一度に容量いっぱい船を通行させようとしているんだ。いくら透明になっても、これじゃあ、バレちゃう」


 秀樹は「ああ……ぼくは何という計画を立ててしまったんだ」と頭を抱えた。保志は「うーん」と何か考えていたが、ポンと手を叩いた。


「秀樹、大丈夫だ」


 秀樹は、保志が何かすばらしい解決策を思いついたのかと思って、彼を見つめた。


(保志、言ってくれ。どうしたらいい?)


 秀樹は目で訴えた。保志はゆっくり秀樹の肩に手を置いた。


「為せば成るだ。信じて待とう」


 秀樹は「ああーっ」と再び頭を抱えた。




 秀樹は対策を思いつかないまま、とりあえず翔一に報告しようと、電話をしたが、翔一は電波が届かない場所にいるらしい。なので、メールだけ送り、悶々としている時だった。


 翔一から預かったスマホが「ピロピロピロ」と鳴った。見ると、彼の父親からだ。秀樹は電話に出ようとしたが、思い直して手を止めた。


「出ないのか」保志が聞いた。


 呼び出し音の鳴るスマホを手に持ち、秀樹は保志を見た。


「やばい……、翔一が、今、北朝鮮に行ってるなんて言えない」

「だな。異世界から来た冒険者の話も無理だぜ」

「どうする? 何も考えてなかった……」

「オレに貸せ」


 保志は、翔一のスマホを取った。そして、咳払いをして通話ボタンを押した。秀樹は何をするのだろうと思って、彼を見守った。


「はい、もしもし」

『お、翔一か?』


 スマホから翔一の父親、まなぶの声がもれてくる。


「あ、はい、お父さんですか?」

『え、どうした? お父さんだなんて、気色悪い』

「え、いや、と、父さん……、だっけ? どうしたの?」


 秀樹は「おい」と不安な顔で保志を見た。保志は「大丈夫だから」と秀樹を手で制した。


『お前、なんか、声、変じゃないか? どうした? 風邪か?』学の声は心配そうだった。

「エヘン、オホン、あー、あーあー。本日は晴天なり。本日は晴天なり。うん、大丈夫」

『ホントか? 心配してかけたんだが』

「あー、オレは大丈夫。ピンピンしてるし、朝もビンビン立ってた」


 パコンッ!


 秀樹は保志の頭を、丸めた地図で思いっきり叩いた。保志は痛そうに頭をさすった。


『ちゃんと飯食ってるか? お前、けっこう落ち込んでいただろ』

「ああ、大丈夫、大丈夫、さっきAV見たからスッキリ盛り上がったよ」


 秀樹は「電話を返せ」と保志につかみかかった。気づかれると良くないと思って声はたてられなかった。


 学校には、翔一は海外の父親の所に行くと言ってある。もし怪しんだ父親が、学校や近所に電話したら大変だ。話がややこしくなる。


 が、保志は、秀樹の考えなどお構いなしに、スマホを取られまいと、部屋中逃げ回った。


 追いかける秀樹。逃げる保志。


 秀樹は、保志はいったい何を考えているんだと、だんだん腹が立って来た。


 ベッドの上で、スマホを取り合う。仰向けになった保志に、秀樹は上から襲いかかった。保志は電話しながら、それを防いだ。


『翔一、どうした? ひょっとして、そこに誰かいるのか?』

「え、あ、ああ、ちょっと友達の秀樹が……」

『ああ、なんだ、友達と一緒にふざけていたのか。そうか、邪魔したな。今、どこで何してる?』


 学は、ほっとしたようだった。


「え、えっと……、あの……、ベッドの上で、秀樹の下にいる」

『な、なにっ!!』


 秀樹は慌てて「今すぐ返せ」と、スマホを取り上げようとし、保志はさせまいと、身体をくねらした。秀樹は保志の脇腹を抑えつけようとする。


「い、いま、激しく攻められてるところ……。あ、ああんっ」


 保志の言葉に、電話は沈黙した。


 そして『……す、すまん……い、いったん切るぞ……き、切るからな……いいか……切るぞ……』と混乱した声を最後に通話は切れた。


 秀樹と保志はしばらく静かになったスマホを見ていたが、秀樹が気をとりなおし、声を荒げた。


「保志ぃ!!」


 カーっときた秀樹は保志の首をしめた。そして保志は「ぎえー、助けてぇー」と苦しいフリをした。



 心配した秀樹だったが、その後、再び翔一の父親から電話が来ることはなかった。学校や近所にも電話しなかったようだ。


 後日、翔一の家に、学からの、同性愛についての専門書が何冊も送られて来たが、それについてはまた別の話。




「君はだれかな?」


 沖田は魚倉に一人立つ男の子に尋ねた。男の子はテントの前から動かずに「人に聞くなら自分から名乗れ」と言った。


 沖田は、これは参ったと、「わたしは海上保安正の沖田だ。海のパトロールをしている」と言った。男の子は「そうか、それはご苦労」と姿勢を正した。そして「おれはマリオだ」と胸をはった。


 沖田はどうしたものかと思った。


「何をしているのかな?」

「テントを守っている」

「どうして?」

「ガーディアンだからだ」


 沖田は困った。魚倉に魚ではなく、人が入っているのは異常だ。言っていることも意味が不明だ。しかし事件性が感じられない。漁船の船長に聞くと「子供のやることは分からん」と言う。念のため沖田はマリオに確認をした。


「おじさんに助けて欲しいことはないかい?」

「ない! それより、お前が困ったら、おれが助けてやる」


 沖田は「そうか、ありがとう」と微笑み、巡視船に戻った。


 「あしたか」は「第六天満丸」から離れていった。ちょうど船が視界から消えかけた時だった。


 突如、漁船のレーダー反応が消失し、古代が瞬時にそれに気づいた。


「なぜ消えた!?」

「え、消えましたか?」


 沖田たち士官も確認したが船影が見つからない。みな古代の顔をうかがった。沖田たちは、船長の迷うかけらも見えない追跡命令に、「やっぱりね」という顔をして従った。「あしたか」は船が消失した場所に急行した。


 だが、彼らが、再び「第六天満丸」を発見することはなかった。広大な海原。どこを見ても、影も形もない。


 古代も沖田も皆、狐につままれたような顔をして海を眺め続けた。

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