第26話 マリオ・ザ・ガーディアン
オレンジ色の太陽が、水平線にさしかかっていた。
空と雲と海面が複雑な模様を描き、輝いていた。
雄大な光景だ。
巡視船「あしたか」は船体修理が終わり、哨戒任務に復帰していた。艦橋では沖田二等海上保安正が双眼鏡を下ろし、船長の
「あの漁船は怪しくありませんか?」
古代も同じ船に注目しており、双眼鏡越しに一つずつ確認していた。
「甲板上に漁具が多数。おそらく延縄漁船だろう……。船名、「第六天満丸」。識別標はKT……」
「ええ、島根県沖に、なぜ京都の漁船が」
「登録は?」
「……されています。操業中の漁船です」主任通信士の松井が答えた。
海保の任務は、不審船・工作船対策だけではない。密漁や外国船による違法操業等の阻止。密輸・密航・海賊・テロなどを防ぐことだ。操業中の漁船だろうと、中に密航者やテロリストが潜んでいる可能性もある。あるいは拉致された人間がいるかもしれない。
古代は固く決意していた。もし助けを求める人がいるのなら、必ず助ける。同じ過ちは繰り返さない。
古代の脳裏に約一週間前に拉致された女子高生の姿が浮かんだ。
彼はいつも通り行動する。そう。すべては確認してから始まるのだ。
「船上立ち入り検査」
「武装は?」沖田は聞く。
「いつも通りだ」
沖田は敬礼しつつ、「ラジコンのドローンとかで検査できると楽なんですがね」と言った。幸い、先日の銃撃戦で乗組員に撃たれたものはいなかったが、一歩間違えたら全員死んでいたのだ。
「同感だ」
古代は沖田に微笑んだ。古代も乗組員を危険にさらしたくない気持ちは同じなのだ。沖田は、きびきびと立ち入り検査の準備に取りかかる。沖田もまた検査の必要性を十分認識していた。
剛士は焦っていた。
怒りにまかせ、翔一をぶん殴ろうと思っていたが、翔一はそれを
(おとといボコボコにしたやつが、何て動きをしやがる)
剛士は思う。
(こいつは力を隠していたんだろうか? それはない。こいつは文芸部でゲーム好きのモヤシだ。それとも強くなったのか? いや、いくらカザルスが指導したとしても、この半日で、こんなに変わるものか……)
剛士の攻撃は、ことごとく空を切った。
「くそうっ! てめえ、なんでよける!」
「殴られたら痛いからに決まってるじゃないですか!」
「おとなしく殴られろ!」
「お断りします!」
しだいに剛士の方に疲れの色が出てきた。翔一も汗を流しているが、身体の動きは衰えない。剛士はこのままではマズイと感じた。
剛士は拳を下ろし、力を抜いた。
「わかった……。日向、お前強くなったな……」
翔一は期待した。
もしかして、剛士先輩が自分を認めてくれたんだろうか。一緒にすず先輩救出に行っていいと言うんじゃないか。
剛士が右手を前に出して歩いてくるのを見て、翔一は、ほっと胸をなでおろした。
(握手だ。あの先輩がオレに握手を求めている)
翔一は胸を熱くし、自分も腕をさし出した。
その時だった。剛士は翔一の腕をつかむと、彼に飛びつき、足をからませ、翔一を仰向けに倒した。瞬時に、腕ひしぎ十字固めに持ち込んだのだ。
「うわっ! 先輩! 何するんです!」
「日向、おまえ強くなったな」
「ありがとうございます!」
「強くなったからな……」
「……から?」
「全力で、ぶっ殺す!」
「げえっ!」
剛士は腕を折らんばかりに力を入れた。
「痛い! イタタタタタ!! 痛いって! 痛いです! 先輩! 痛い!」
「言え!」
「何て?」
剛士は『参った』と言おうとして、あわてて口を閉じた。そしてカッとなり、また腕に力を入れた。
「イタタタタタ!」
「負けたと認めろ!」
「イヤです! イタタタタタ!」
「言わないと折るぞ!」
「死んでも言いません! 痛いったら!」
翔一に『参った』と言う気配はない。
勝負に負けたらすずを助けに船を下りられないのだ。彼は必死に痛みに耐えた。堪えながら、もがいて脱出しようとしたが、剛士の関節技からは逃れられない。時間だけが過ぎていった。
「ようし! そこまで! 二人ともよく頑張ったぞ! えらい! えらいぞ! わっはっはっ!」
カザルスが剛士の肩をたたいた。剛士は技を解いたが、納得がいかないようだった。
「待ってください! まだこいつ、参ったしてません」
「言わないから引き分けじゃないの」とエラリー。
翔一は痛そうに肩やひじをさすっっていた。
引き分けなら負けじゃない。これですず先輩を助けに行ける。長い間、マズい龍の肉に耐えて来た甲斐があった、と彼が思っていると、エラリーが言った。
「続きは、また明日ね」
翔一は信じられないと言った感じでエラリーを見つめた。
剛士は、カザルスに翔一がどんな修行をしてきたのか問いただしていた。それを自分もやりたいらしい。翔一は、剛士がこれ以上強くならないで欲しいと心底思った。
沖田は、数人引きつれて「第六天満丸」に乗船した。船に不審な点はない。日本人の老いた漁師がひとり。娘に会いに行くと言っている。免許はしっかりしている。漁具は使い込まれた本物だ。船室には他に誰もいない。
「こちら沖田。船長、異常はありません。どうぞ」
沖田がトランシーバーで連絡すると、「すべて調べたか?」と古代の声が返ってきた。沖田は、やれやれと思いつつも、部下に船内を見て回るように指示を出した。
魚倉をのぞいた部下が沖田を呼んだので、彼は「何だ?」と思って、中を見に行った。
そこには小さなテントが張られていて、その前には、小さな男の子が腕を組んで立っていた。男の子は微動だにせず、沖田をにらんだ。
沖田の片方の眉があがった。
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