第25話 翔一VS剛士
龍の肉を食べ始めて一週間目。
翔一はどうやったらマズい肉を旨く出来るか知恵をしぼった。
幸い調味料はまだたくさんある。一リットルの醤油に一キロの味噌や塩。携帯コンロもある。
翔一は、重かったけど持って来て良かったと心から思った。
が、干し肉は何をつけてもマズい。火を通してもマズい。翔一は泣きながら食べた。ただし腹を壊すことはなくなった。
龍の解体作業については、次第に刃の当て方、体重のかけ方のコツをつかんでいった。
二週間目。
翔一は自分の身体の変化を感じていた。
以前は全く歯が立たなかったウロコを剥がせるようになった。皮膚との付着部の弱い部分に刃を当てて削ぐのだ。また持久力が上がり、疲れなくなった。
作業がはかどる。干し肉がどんどん増えていった。それを見て、翔一は嬉しくもあり、うんざりもした。肉を口に入れて泣くことはなくなったが、マズいことに変わりはなかった。
三週間目。
身体を動かした分だけ、筋力はどんどんアップした。翔一は目に見える成果をうれしく思った。硬質ゴムのようだった龍の肉が、まるでジャガイモのようにスイスイ切れた。
翔一は、干し肉が山のように積み重なっているので、それらを食べていたが、ふと切りたての生の肉を食べてみようかと思い至った。
血の滴る肉に胡椒をかけて焼いた。すると臭みが少しとれて、少しだけやわらかい。まったく美味くはないが、すごくマズいと言うほどではなくなった。また味噌に漬け込んでから焼くと、旨くもないが、それほどマズくはない。
翔一は嬉しくなった。この食料庫にいる限り、時間はほとんど進まない。外に出ても、きっと、まだ日本の海だ。調味料は近くの港に寄ってもらって、たくさん買っておこう。ついでに米や燃料も買っておこう。
翔一はそう思って、武井に頼みに外に出た。
四週間目。
翔一は、目の前におかしなものが見え始めるようになった。
『ステータス1』を使っていないのに、宙に緑色に光るステータス画面が浮いて見えるのだ。翔一は、疲れているのだろうかと目をこすった。が、それは消えない。これは、なんだろうと思った。
そのうち、意識的にそれを出現させたり、消したりすることができるようになった。ただ、見える文字は、文字化けしているようで解読できない。幻覚でもなさそうなので、翔一は、折を見てカザルスかエラリーに聞こうと思った。
いつのころからか、楽々と、龍を解体できるようになっていた。
時々、マリオが来てアドバイスをした。翔一がテントの外に出ると、カザルスはニッコリして「おおっ! 頑張ってるな! わっはっはっ!」と感心した。
翔一は新しい課題を与えられた。
小太刀を左手で持って龍の肉を切るのだ。意外と難しく、翔一は苦労した。しかし体力はついたので、ひたすら身体を動かし、それに慣れていった。
左手に慣れると、今度はスピードアップするように言われた。単位時間当たり、今までの二倍、三倍の量の肉を切るのだ。が、速くだと、強い力を込められない。翔一は、より効率的に動くように、より早く動くように工夫する。
翔一は脳の回転のスピード、筋肉の質が変化していくのを感じた。
翔一は、いつしか、日を数えるのを止めてしまった。時間はいくらでもある。それに正しい時間じゃない。数えたって無駄だ。そう思い、何も考えずに刀を振るい続けた。
あれほど巨大だった龍が半分ほどになった頃だ。すでに翔一の心には、肉を切るという意識はなかった。
無心に小太刀を振るうだけだ。
その肉を切る音は、まるで音楽のようにリズムよく、その身体の動きは、まるで踊っているようだった。
翔一の目には、ウロコと皮膚、筋と筋、肉と骨、その隙間が小川のように太く見えた。
翔一は、その川に小太刀を入れて動かすだけ。それだけで龍はどんどんと小さくなっていった。
剛士はゴーレム――陶器に覆われた動くマネキン――相手に実践訓練をしていた。マリオは木剣が折れるからイヤだと、貸すのをことわったので剛士は素手で戦った。
カザルスは剛士に、単調な攻撃はすぐにパターンを覚えられるから、変化をつけるようにと言った。
ゴーレムには知能があるらしい。そして硬かった。
剛士が全力で攻撃しても、まるで傷がつかなかった。また攻撃が単調になると当たらない。結局、汗だくになり息絶え絶えになっても、ゴーレムを倒すことはできず、剛士はその日を終えた。
彼は部屋の大きさを変えておらず、テントの外と同じ時間の流れにいる。
エラリーやマリオは、剛士と翔一の様子を見るとき以外は、船室に置いてあったDVDを見ていた。
『
エラリーやマリオは二人で「ひかえーい、ひかえおろー。この紋所が目に入らぬかぁ」と真似をして、楽しそうに遊んでいた。
たまに、翔一と剛士に、
出航した日の夕方。
エラリーとカザルスが食料庫で龍をさばく翔一のもとにやって来た。
「そろそろどう?」
エラリーが言うと、翔一は手を止めた。
「そろそろって?」
「剛士との勝負よ」
エラリーは楽しそうだった。
「ちょっと、待って。オレ、まだ格闘技、何も教わってないけど」と翔一はあたふたした。
「だから、おもしろいんじゃない。ねえ、カザルス。どお?」
エラリーと翔一がカザルスを見ると、カザルスは「うむ、成長を確かめるのにいいだろう」と頷いた。
勝負に負けたら留守番だ。下船して、すず先輩を助けに行けない。
翔一は気が気でない。
翔一は勝負の前に、戦い方とか技とか教えて欲しいとカザルスに頼んだが、エラリーにうまく丸め込まれるようにして、話しは進んでいった。
とりあえず夕飯時だったので先に食事をとることになった。
翔一が、ご飯とみそ汁、豚肉の生姜焼きを作った。
船には小さな台所がついていて、その船室の畳の上で、みんなで輪になって温かい食事をした。エラリーやマリオは「旨い旨い」と言ってガツガツ肉を食べた。カザルスや武井も満足そうだった。
剛士は「旨ェな……」と言い、肉でキャベツの千切りを包んで口に運んだ。
翔一は、あまりの旨さに泣きながら生姜焼きを食べた。長い間、激マズの龍の肉を食べていた事を知らない皆は、不思議そうな顔で翔一を見た。
武井や剛士は、翔一に何か違和感を感じているようだが、彼の顔のあざが消えていることや、筋肉がかなり発達したことには気づいていないようだった。
食べ終わると、翔一たちはテントに入った。
剛士と翔一の試合だ。じゃんけんをして負けたマリオがテントの外で見張りをすることになった。マリオは「ショウイチ、頑張れよ。おれの教えを無駄にするんじゃねえぞ」と観戦できないのが残念そうに言った。
柔道の試合ができる広さの部屋だ。
中央に、カザルスとエラリーが横に並び、その前に剛士と翔一は面と向かいあった。エラリーが二人に言った。
「武器はなしだよ。どっちかが『参った』って言ったら終わり。いい?」
剛士と翔一はエラリーに頷いた。
翔一は、勝てる見込みがまったくなかった。この半日――テントの中では数百日――ただひたすら干し肉を作って、料理をして、朝鮮語を勉強していただけなのだ。
「手加減してやる。痛くしないから安心しろ」
意外にも剛士が優しく言うので、翔一は安心したが、勝負に勝たないと意味がない。
何としても剛士先輩に勝って、すず先輩を助けに行くんだと思い、翔一は必死に頭を回転させ始めた。
「よし! はじめ!」
カザルスは開始の合図を送った。
翔一は身体の構え方すら知らない。一応、毎朝太極拳をやってはいたが、あくまで健康体操としてだ。それで戦えるなんて思えなかった。あたふたする翔一に、剛士は静かに近寄った。
「すぐ『参った』って言えよ」
その時だった。翔一の目が光った。彼は、剛士を指さした。
「あ! 言った! エラリー! 言ったぞ!」翔一は嬉々として叫んだ。
「え? なに?」
「剛士先輩、いま『参った』って言った! 『参った』って言ったら終わりってルールだったよね!」
「あー……、言ったねー……」エラリーはゆっくり頷きながら剛士を見た。
「てめぇ! ふざけてるのか!」
剛士の声に怒気がはらんだ。翔一は怖くて後ずさりする。
「今のは、なしに決まってるだろ! おい、なしだよな!」剛士はエラリーに詰め寄った。
「でもねー……、約束だしねー」
エラリーが「うーん……」と思案すると、剛士は不安な顔をしてカザルスを見た。カザルスは剛士の肩を何度も叩いた。
「わっはっはっ! おもしろい! おもしろいが、翔一君、それだと、君も、いま二回『参った』と言っているぞ! わっはっはっ!」
翔一は「はっ」と口を押さえた。
「じゃあ、今のは二人ともなしね。じゃあ、再開!」エラリーが手を振り下ろした。
「日向ぁ……、翔一ぃ……」
翔一をにらむ剛士の顔は憎悪に燃え、その拳はプルプルと震えていた。
翔一の背中に冷たい汗が流れた。
逃げ場はない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます