第24話 バハムトの夢

「じゃ、あたし剛士を見てくる」


 エラリーはカザルスに言った。


「頼むぞ。わしがテントを守っているから安心しろ」

「心配してないよ」


 エラリーはそう言うと、テントの中に消えて行った。


「あの、これは……」翔一は尋ねた。

「ああ、そうか、食料庫の中は、特に時間の流れが速いのだ」

「??……え、ああ……」


 翔一は、なんとなく理解した。仕組みは分らない。が、状況は把握した。


「そうだったんですか……。あ、でも、遅いんじゃなくて早いのなら、ドラゴンの肉はあっと言う間に腐っちゃうんじゃ……」


 カザルスは「おお、君は賢い」とおどろいた。


「たしかに普通の食べ物だとすぐに腐る。食料庫としてまったく役にたたん。まあ、部屋を普通の大きさにすればそれなりに使える。だが、あの龍の肉は腐らん。劣化防止の魔法アイテムをつけてあるから、肉を切り離さん限り乾燥もせん。それにもともと腐りにくい。きっと微生物すら食いたくないくらいマズいんだろう。わっはっはっ!」


 カザルスは大笑いした。


 翔一は、異世界にも防腐剤があるんだと思って、肉が傷まない理由を納得したが、同時に、そんなものを食わせる気だったのか、と思った。翔一は少し不安になり、毒がないことを祈った。


「栄養はあるぞ。強くなりたかったら食え。わしも少し食った。旨くはなかったがな。わっはっはっ!」



 翔一は、マリオと一緒に食料庫に戻ると、持って来たおにぎりを出して、少し休憩した。マリオにもひとつあげると、彼は「ウマいウマい」と言って、口のまわりを米粒だらけにして食べた。


 食事を終えて、肉さばきを再開したが、翔一はすぐに汗だくになった。マリオはその横で、刀の使い方、力の入れ方などをアドバイスした。


「マリオ、聞いていいか」翔一は肉を切りながら聞いた。

「なんだ、ショウイチ」 

「テントを守るって言ってたけど、どういうこと」

「ああ、それはな」


 マリオが得意そうに言った。


「もしテントが燃えたり、切り刻まれたりしたら大変だ」

「なんで?」

「中にいるヤツ、みんな死ぬか、永遠に外に出られなくなっちゃうんだ」


 翔一は「ゲッ」と思い、鳥肌がたった。


「ま、カザルスさまが見張っていれば大丈夫だけどな」


 翔一は、まあ、それなら安心だと思った。ただ、エラリーとマリオの時はちょっと心配だと思った。


 マリオはしばらくしてアドバイスすることがなくなると「がんばれよ」と言って部屋を出て行った。


 翔一はひとりで、ひたすら全身を動かし、肉をうすく切り分けた。


 肉を噛むと歯が折れそうなくらい硬い。翔一は、誰も食べないのなら、切り分ける意味は何だろうと疑問に思いつつも、修行だと思って一挙手一投足を考え、小太刀を振るった。


 幸い料理は得意だった。翔一は、食料庫のひとつ前の部屋に自分の荷物を置いていたが、それらを持って来た。


 ここで寝泊まりしよう。そして体力をつけるんだ。


 そう決心し、作ってきたサンドイッチを食べてから眠りについた。



 二日目には体中が筋肉痛になっていた。


 昨日切った肉はすでにカチカチに乾燥している。朝から晩まで――と言っても部屋の中は暗くならないが――ひたすら龍の解体作業を続けた。


 三日四日と経つうちに痛みはなくなった。時々、気晴らしに外に出てみたが、あいかわらず、ほとんど時間は経っていない。まだ出航した日の午前中だ。


 剛士の様子も気になったが、邪魔して怒られるのが嫌なので、彼の部屋は覗かないようにした。




 翔一は部屋の大きさと時間にどんな関係があるのだろうかと気になった。


 カザルスが作ってくれた翔一の部屋にも制御盤がある。翔一の好奇心がうずいた。部屋の大きさを変えながら、テントの外に置いた腕時計と、持ち歩いている秀樹からもらったスマホの時間を比べた。


 テントを出たり入ったりする翔一を、カザルスはやさしく見守った。


 時間の流れは部屋の一片の長さにではなく、体積に比例することが明らかになった。部屋を広ければ広くするほど、時間は早く進む。一辺が十倍になると、時間は千倍になる。



 そこまで分かると、俄然やる気が湧いてきた。謎がひとつ解けたことがうれしかった。


 平壌到着まで二日。


 時間は限られていると思っていたが、そうではなかった。


 このテントの中なら、いくらでも時間がある。修行して剛士先輩より強くなろう。そしてすず先輩を助け出すんだ。


 翔一はそう決心した。




 翔一は食事をしながら、休憩しながら秀樹からもらったスマートグラス「ステータス1」をかけて朝鮮語を勉強した。暗記は苦手だ。が、朝鮮語の仕組みはすぐに覚えることが出来た。先輩のためだと思うと、まったく苦にならなかった。


 用意して来た食料、パンや携帯食、缶詰などは一週間でなくなった。塩や味噌などの調味料だけ、たくさん余っている。出るときに小分けにするのが面倒でそのまま持って来たのだ。


 見上げると、巨大な龍は、ほぼそのままだ。


 これまでに切り分けた肉は、まだ車一台分。翔一は龍の体積と解体するスピードを計算した。船にある食料をすべて食べ尽くしても、解体を終わらせることが出来ない。


 翔一の心の中で、カザルスの声が聞こえた。


「強くなりたかったら食え。わっはっはっ!」


 翔一は一切れの干し肉を取って見た。においを嗅いで眉をひそめた。一口大に切り、勇気を出して口に入れると、あまりのマズさに意識が遠のいた。


 凄まじい臭み。苦みにエグ味。硬質ゴムのように硬い。これは食べ物ではないと翔一の本能が叫んでいた。反射で吐き出そうとしたが、手を口に当てて我慢した。


 翔一は「強くなるためだ」と涙を流して肉を飲み込んだ。ハアハアと息が切れ、身体はぐったりして動く気力がなくなった。


 しばらくすると腹が猛烈に痛くなった。


 翔一は保志からもらった征露丸と征朝薬を飲んで、それから、まる一日、寝袋の中で腹痛に耐え続けた。




 翔一は苦しみの中で龍の夢を見た。


 文明のかけらも見えない大自然。巨大な龍は目を覚ます。雪で白く染まった山脈。ゆっくりと流れる氷河。芽生えたばかりの森や草原は、目に鮮やかで美しかった。龍は食べものを求めて彷徨い歩く。凄まじい地響きのような足音に、はるか彼方の森の獣や鳥たちは逃げ出した。


 長い年月が経ち、人間たちが現われた。どこかの洞窟から出て来たと思いきや、数はみるみる増えて町を作り、都市を造った。


 巨大な龍は喜んだ。大量の食べ物。逃げ足は遅い。龍は都市を見つけては人を喰い、腹が膨れると心地よい長い眠りについた。人々は恐れ、龍をバハムトと名づけた。


 龍は眠りから目覚めると、また都市を探す。そして食事が終わると眠りにつく。それは繰りかえされる。


 永遠に……

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