第23話 バック・イン・タイム
出航して間もなく。
翔一たちは、四畳ほどの小さな畳の船室で、打ち合わせをした。武井だけ上の操舵室で舵をとっている。
「あの秀樹って子、くれぐれも戦争にならないようにって、うるさかったよ」
エラリーは愚痴った。翔一は、そりゃ当然だと思う。
剛士は「あいつら皆殺しにしてやる」と呟いている。カザルスは「わっはっはっ! こっそり救出だぞ」と愉快そうだ。
エラリーが提案した。
「日本から離れたら、船を透明にして、
それを聞いたマリオは「おれもカザルスさまと一緒に行く」と言ったが、カザルスに、「船がなければ帰ることはできん。船の警備は最重要任務だ。任せられるのはマリオだけだぞ」と言われると、マリオは嬉々として船番を引き受けることにした。
その時、剛士が翔一に言った。
「お前も船に残れ」
「なっ」翔一は驚いた。
「来ても足手まといだ。大人しく待ってろ」
翔一は「オ、オレも行く。オレがすず先輩を助けるんだ」と言ったが、剛士に「お前、自分の身すら守れねぇだろ」と言われると、言い返すことが出来なかった。
翔一は口惜しそうに下を向いた。
「じゃ、こうしましょ」とエラリーが言った。「剛士と翔一が戦って、負けた方が留守番ってのはどう?」
「いいだろう」と剛士。
「えっ! ちょっと待って」
翔一はあわてた。
剛士に勝つ自信なんてまったくない。負ける自信なら十分ある。エラリーはなんてことを提案するんだ。自分にチャンスをくれたのは明らかだけど、正直ありがたくないチャンスだ、と思った。
「え? お友達に勝てないのに、敵地に乗りこむ気?」
「うぐっ」
「おもしろい! おもしろいぞ! ようし! 翔一君! 剛士君! お互い、頑張ろう! わっはっはっ!」
カザルスは愉快そうに二人の肩を叩いた。
翔一は暴力が嫌いだ。殴られるのは嫌いだが、殴るのはもっと嫌いだった。
だが、翔一は思った。
すず先輩が助ればいいけど、自分の力でやらなきゃ意味がない。カザルスさんたちに任せっきりじゃ駄目だ。
特に、剛士先輩だけ上陸したら、手柄だけでなく、すず先輩の気持ちまで持って行かれてしまうかもしれない。自分の身を守り、先輩を救出するための力が欲しい。
この時、翔一は生まれて初めて強くなりたいと思った。
「カザルスさん……」彼の目の色が変わった。
「わっはっはっ! 分かっておる! 弱ければ強くなればいいのだ! 力がなければ鍛えればいいのだ! わっはっはっ!」
カザルスが笑うと、不思議と強くなれる気がした。
平壌上陸まで約二日。時間はわずかしかない。
「当たって砕けろ」だ。翔一は保志の言葉を思い出した。出来ることを出来る限りやるんだ。そう決意する。
「カザルスさん! オレ、強くなりたいです! どうかオレに強くなる方法を教えてください!」翔一は土下座をした。
「俺もだ! 俺も鍛えてくれ!」剛士も頭を下げた。翔一は「えっ?」と剛士を見た。
「わっはっはっ! もちろんだ!二人とも強くなれ!」
翔一は密かに、剛士がこれ以上強くならないで欲しいと思いつつ、カザルスに再び頭をさげた。
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
「すずっていうお姉ちゃん、幸せものねー」
エラリーはニヤニヤする。翔一は赤くなり、剛士は「んなんじゃねぇよ」とそっぽを向いた。
魚倉は六畳ほどの大きさだった。上部に甲板につながる入口がある。獲った魚を容れておく空間だ。
カザルスは魚倉にテントを広げた。布地は質素なキャンバスのように見えた。
「エラリー、マリオ、見張りをたのむ」
カザルスはそう言うと、剛士と翔一に指輪を渡し、それを身に付けさせてから、テントの中に招き入れた。指輪はお守りだと言った。
二人は、こんなに狭いテントの中で何をするのだろうと、首をひねった。人に見られてはマズい必殺技でも伝授してくれるのだろうか。そう思い、中に足を踏み入れた。
中に入った瞬間、二人は目を見ひらいた。
テントの中は魚倉より大きい。六畳どころではない。その十倍はある。すずの家の道場ほどの大きさ。正方形だ。床も壁も天井も白い。漆喰でもなければプラスチックでもない。触ると不思議な感覚だった。
「これは……」翔一と剛士の口から声がもれた。
「魔法のテントだ。内部空間は自由に大きさを変えられる。部屋を分割することも可能だ。すごいだろう。この制御盤で設定を変更できる」
見ると、壁に緑色に光る表示があった。部屋数と、それぞれの部屋の大きさ、配置を変えるスライドボタンがある。現在、部屋は三つあるようだった。
「まずは君たちの部屋を新しく作ろう」カザルスはスライドを動かす。
「あとで大きさを変更してもいいが、あまり大きく変えないように。面倒な事になるからな。わっはっはっ!」
「面倒なこと?」
「うむ。時間の流れ方が、テントの外と中では異なるのだ」
カザルスは彼らを一つの部屋に連れこんだ。
ドアはない。ぼんやりと光る壁が入口のようで、そこに吸い込まれるようにして入った。
カザルスはカバンから、等身大の人形を取りだした。表面は陶器のように見える。
翔一は、何でこんなデカい物がカバンに入ってるんだろう、このテントと同じ仕組みだろうか、と不思議に思った。
剛士は「四次元ポケットかよ」と口をぽかんとあけた。
「ある遺跡から発見した警備用のゴーレムだ。剛士君。君はしばらくこれの相手をしてくれたまえ。壊すことが出来たら次の修行に移る」
「壊してもいいのか」
「ああ、構わん。こいつは自己修復するからな。じゃあ、頑張れ。あとでエラリーをよこす。腹が減ったら、隅に置いてある干し肉を食っていいぞ。翔一君、君はこっちだ」
剛士を部屋に残し、カザルスは翔一をはじめの部屋に連れて行く。そしてそこからまた別の部屋に移動した。
巨大な空間。
山が一つ入りそうな部屋。いや、部屋と呼ぶには大きすぎる。街がいくつも作れそうな感じだ。
カザルスは「ここは食料庫だ」と説明した。
中心には巨大な死んだ龍が横たわっていた。翔一は、東京ドームより大きいドラゴンだと思い、感歎の声をもらした。
龍は片腕が切り落とされている。また、身体のあちこち、特に胸と口から血を流していた。生々しい。まだ死んだばかりのように見えた。が、血は垂れ落ちることなく龍の身体に貼りついたままだ。
「翔一君、君はまず体力をつけろ。身体の動かし方も覚えないといかん。この巨龍の肉を切り分けてくれ。干し肉用に薄くだ」
「はい!」
二人は 龍に近づいた。近づくだけでけっこう時間がかかる。龍の麓で、カザルスは小太刀を取り出した。
「切れ味が鋭いから気をつけてくれ」
カザルスは龍のウロコの付け根にザクリと刃を入れ、ウロコをむしると、中の肉をまるで豆腐を切るように、薄くスライスする。
「こんな感じだ。できるだけでいい。時々休憩しながらやってくれ。腹が減ったらこいつを食え。エラリーもマリオもぜんぜん食わんし、いくら食っても構わん」
翔一は薄く切られた肉を見た。
明らかにマズそうだ。かなり癖のある臭いだし、固そうだ。腐ってはいなそうだが、彼らが食べない気持ちが良く分かった。
「奥のプールに溜まっている水は、ただの湖の水だから、そのまま飲むと腹を壊すから気をつけろ。飲みたい時は、その脇に置いてある、ろ過装置を使うといい。木の樽のやつだ。力がついたら次の段階へ行く。あとでマリオをよこす」
そう言うと、カザルスは翔一に小太刀と、「もし切れ味が悪くなったらこれで研げ」と砥石を渡して、部屋を出て行った。
翔一は腕まくりをし、刀を抜いた。
まずカザルスのようにウロコを切ろうとしたが、まるで刃が立たなかった。いくら押し付けても、のこぎりのように前後に引いても、まったく斬れない。刀を研いでみたが変わらなかった。ウロコに目を近づけてみれば、かすかに傷が見えるくらいだ。
翔一は汗を流し、ウロコがない場所の肉を切った。肉は非常に硬い。まるで硬質ゴムを切っているような感じだった。一日頑張ったが、切れたのは一抱えほど。
翔一は巨大な龍を見上げた。
これは一生かかっても終わらない。そう思った。
翔一は、休みなく肉を切り続けた。空腹を感じてスマホを確認すると、もう十時間以上経っている。朝から働きづめだ。
カザルスは「あとでマリオをよこす」と言っていたが、マリオは結局来なかった。外はもう暗くなりはじめているはずだと思い、翔一はテントの外に出ることにした。
テントから顔を出すと、翔一は目を白黒させた。
魚倉には、まだ朝日が差し込んでいる。カザルスとエラリー、マリオがテントの前で話をしていたが、翔一が出て来たのを見てマリオが言った。
「おー、ショウイチ。今から行こうと思ってたんだ」
翔一は訳が分からなかった。
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