第28話 エラリーの魔法教室

 「第六天満丸」は暗闇の中にいた。


 夜だからではない。カザルスが、武井から船が立ち入り検査されたと聞いて、船を透明化したのだ。ただし完全に透明化すると、内部から外部がまったく見えなくなるので、操舵室の一部だけ小さな隙間があいている。暗闇の中とはいっても、船内は発電設備が整っているので、けっこう明るい。


 カザルスと剛士はテント内の食料庫へ入って行った。剛士が、どうしてもと言って、翔一と修行内容を交換し、今は剛士が龍の干し肉を作っている。マリオはその間、テント番だ。


 翔一とエラリーは船室の畳の上で、一緒にDVDの『巫女みこ黄門』を見ながらくつろいでいたが、翔一は、ふとテレビから目を離し、エラリーに尋ねた。


「エラリー、ドラゴンの肉を食べてから、なんか目の前に変な画面が見えるようになったんだけど、なんでか分かる?」


 エラリーは「ええっ!」と信じられないといった目で翔一を見た。


「あれを食べたの!」

「えっ!?」


 翔一は、エラリーのあまりの驚きように、ひょっとして毒があったのだろうか、幻覚作用でもあったのだろうかと不安になった。


「あんなマズいの、よく食べれたね」

「ど、毒とかはないの?」

「毒はないと思うけど、あんなの食べ物じゃないよ」


 エラリーは味を思い出したように、「ウエーッ」と舌を出して、ブルブル震えた。翔一は大いに共感した。


「で、この緑っぽい枠の画面なんだけど」


 翔一は、それを自分の視界に表示させたが、エラリーは「他人ひとのが見えるわけないでしょ」と言った。


 エラリーは説明した。


 ステータス画面というのは、自分の生体情報を可視化、文字化する能力だ。エラリーの世界では、たいていの人が持っているらしく、物心つくころから、それが見えるようになるが、一生見えない人もいる。また、大人になっても見えなかった人が、獣や魔物の肉を食べることで、その能力が開花する場合もあるらしい。


 翔一は「それか」と思った。まるでゲームだ。いやまてよ。秀樹から貰ったスマートグラスと同じようなものか。何か関係があるのかと疑問に思った。


「なんて書いてある?」

「文字化けしてるみたいで読めないんだ」

「ふうん」とエラリーはつまらなそうに言った。


『巫女黄門』は、今は姫巫女の入浴シーン。風呂の外では、うっかり九兵衛がまきをくべていて、うっかり手をヤケドしていた。


「ひょっとして、オレもカザルスさんみたいに魔法とか使えるようになるかな?」

「無理」


 エラリーの即答に、翔一はガッカリ肩をおとした。エラリーは時々テレビから目を離して、翔一に魔法について教えた。


 魔法とは、人外の力、神や精霊、悪魔などの力を借りる行為だと言う。呪文が必要なのは、それらとのコミュニケーションをとり、感謝の意を示すためだそうだ。ステータス画面に何が書いてあるかすら分からないなら、神や精霊とコミュニケーションがとれないし、誰に力を借りるか分からずに魔法が使えるわけはない。


 エラリーはそう言った。


「あたしは、大自然の叡智アーカイブ・オブ・ザ・グレートと話せるけどね」

「なにそれ?」

大自然の叡智アーカイブ・オブ・ザ・グレートは、大自然の叡智よ」


 よく分かっていなそうな翔一に、エラリーは続けて言った。


「秀樹って子には言ったけど、あたしたちが日本語を覚えたのは、それに教わったの」


 実際には、エラリーは面倒くさくて秀樹にも説明していないが、エラリーはそれを忘れていた。


「ちょっと待って」


 翔一は驚いて言った。


「この日本にも、その大自然の叡智アーカイブ・オブ・ザ・グレートってのがいるの?」

「いたよ。話、したもん」

「何でいるんだよ。ここは現実の世界だよ。ゲームでも異世界じゃない。同じ神様がいるってどういうこと!?」

「知らないよ」エラリーは、面倒くさそうに言った。

「それに、なんで神様が日本語を知ってるの?」

大自然の叡智アーカイブ・オブ・ザ・グレートだからでしょっ」


 これ以上は堂々巡りになると思った翔一は話を変えた。


「カザルスさんが魔法使う時も、誰かに力を借りているんだよね」

「あたり前じゃない。あ、でも、あの変身はマジックアイテムの力だよ」

「マジックアイテム?」

「変身のマントと腕輪ね」

「魔法じゃないの?」

「アイテムだって言ってるでしょ。翔一たちも色々持ってるじゃない」


 エラリーはテレビや翔一の持っていたスマホを指さした。


 翔一は、これは科学の力だと言おうとしたが、原理が分からなければ魔法も同じかと思って、それは言わないでおいた。


「カザルスさんが力を借りてる神様ってどんな人?」

「知らない。カザルスに聞けば」

「この世界にいるんだよね」

「しつこいなぁ。決まってるでしょ。いなきゃ、魔法、使えないんだから」


 翔一は「そりゃ、そうか」と納得した。同時に、自分も魔法を使えるようになる可能性は十分ある、と希望を持った。


「ステータス画面の文字化けって、どうすれば読めるようになる?」

「ちょっと、翔一、うるさい」


 エラリーはテレビに食いついていた。テレビでは、介さん角さんが悪代官の屋敷の庭で、代官の家来たちと戦っていた。巫女が、後ろから襲いかかってきた侍を投げ飛ばすと、エラリーは「キャー」と手をたたいて大喜びした。


 翔一は、角さんが印籠を出すまで、しばらく待とうと思った。




 テント内の食料庫。


 剛士は巨大な龍を呆然と見上げていた。


「翔一君が半分さばいてくれたのだ」

「うそだろ……」


 剛士にはそれが信じられなかった。この大きさの龍をひとりでだなんて一年かけたって無理だ。十年でも終わらないかもしれない。剛士はそう感じた。が、たしかに龍の死体の横には、それと同じくらい巨大な干し肉の山ができている。


「彼は、一年以上をかけて、肉を切り、そしてこの肉を食べて強くなったのだ。わっはっはっ!」


 カザルスは、時間の流れ方がここではとても速いから気をつけろ、というが、剛士にはそれが理解できなかった。どうでもいいとすら思っていた。


 ただ、アイツにできることは俺にできないはずはない。アイツには死んでも負けられない。そう思った。


(アイツが一年以上なら、俺は一年以内だ。龍の肉だぁ? アイツの倍喰ってやる)


 剛士の目は、闘志とやる気で燃えた。


 が、一片の龍の肉を食べた晩、剛士は腹をこわした。


 独りきりで二晩、ひどい腹痛を耐え忍んで過ごした。もし翔一がそのことを知っていたら、薬箱を持って来て介抱しただろう。だが、食料庫の二晩は、外での一瞬。その間、翔一はエラリーとDVDを見ていた。


 剛士は身体で思い知った。


(もし、ここで死んだら、外のやつらに気づかれることなく、ミイラになっちまう。それに、ここだと自分だけが年をとるってことだ。カザルスさんやエラリーやマリオが長い間テント内にいないのは、このためか)


 剛士は、すずが若いまま、自分ひとり老化して死ぬことを想像し、肝を冷やした。


(アイツ、すげえな……。こんなおっかねぇ場所で一年以上かよ……)


 剛士は人前では絶対に見せる事のない、泣きそうな顔で巨龍を見あげた。


(この肉は食えねぇ。グリーンピースを食った方がマシだ)

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